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ペット飲料の蓋の裏には当たりがある。企業と羊毛党の戦い

数年前まで、ペット飲料の蓋の裏には「当たり」の文字があることがあった。もう1本もらえるというものだ。しかし、最近、その当たりキャンペーンが行われなくなっている。羊毛党対策をしたためだとチタン媒体が報じた。

 

ペットボトルの蓋の裏には「当たり」がある

数年前まで、中国では、ペットボトル飲料を飲み終わっても、すぐに捨ててはいけなかった。蓋の裏側を見なければならない。そこに「もう一本」と刻印されていたら、どこの店でも同じ飲料をもう1本もらえるのだ。

この「もう1本」キャンペーンは、台湾発祥で、中国で飲料、食品などを販売する「康師傅」(カンシーフー)が1998年からペットボトル飲料で始めた。当時、康師傅はペットボトルお茶市場の50%を占めていたが、そこにコカコーラが茶飲料で参入しようとしていた。コカコーラは豊かな資本を活かして、大キャンペーンを始めた。

これに対抗するために、康師傅が始めたのが「もう1本」キャンペーンだった。これは大好評だった。蓋という小さなパーツが当たりくじなので、その場で交換する必要はない。ポケットに入れておいて、お茶を飲みたくなった時に、その当たりの蓋で飲料に交換すればいいのだ。

康師傅にもメリットは多かった。同じ飲料を再び飲んでもらうことで、康師傅のお茶を飲む習慣づけをすることができる。また、当たりくじを入れる割合は、キャンペーンや季節、状況に応じてコントロールすることができる。

コカコーラは「原葉茶」の宣伝にジャッキー・チェン親子を起用して、大キャンペーンを行い、1億本以上を売り上げ、ペット飲料市場の15%を占め、トップシェアの康師傅に迫る勢いを見せた。しかし、康師傅はこの「もう1本」キャンペーンで、トップの座を明け渡すことはなく、コカコーラのお茶飲料市場への参入を撃退したのだ。

これを見て、他の飲料メーカーも続々と「もう1本」キャンペーンを始め、蓋の裏にはくじがあるというのが当たり前になっていった。

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▲ペットボトルの蓋の裏には、「再来一瓶」と書いてあることがある。これが出ると同じ飲み物をもう1本もらうことができる。

 

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▲コカコーラがお茶飲料「原葉茶」でお茶飲料に参入するとき、ジャッキー・チェン親子を起用して大々的なキャンペーンを行った。お茶飲料市場でトップシェアを持っていた康師傅は、蓋の裏に当たりくじをつけることで対抗した。

羊毛党に利益をしゃぶり尽くされたレッドブル

ところが2015年頃から、このキャンペーンをやめる飲料企業が相次いだ。ひとつの理由は、今時、ペットボトル飲料の「もう1本」の当たりくじでは、消費者を惹きつけることができなくなったからだ。

もうひとつの理由は、羊毛党たちの手によって、飲料企業が大きな損失を受けるようになったからだ。羊毛党というのは還元キャンペーンなどを合法だが組織的に行い、儲けようとする人たち。時には非合法な手段を使うこともある。羊の毛を少しずつ集めてセーターを編んでしまうというところが生まれた言葉だ。

2017年、レッドブルは中国での売上目標を6000万本に設定していた。これを達成するために、瓶の蓋の裏、缶のプルトップの裏に「もう1本」の当たりくじをつけた。当たる率は20%に設定したため、1200万本に当たりくじを入れた。ところがこのキャンペーンが終わってみると、戻ってきた当たりくじがなんと2000万本分を超えている。約1000万本分もの作った覚えがない当たりくじがどこからか湧いてきたのだ。

疑いもなく、当たりくじが偽造されたのだ。当たりくじの蓋を作るコストはだいたい0.2元程度。当たりくじの偽装は、レッドブルほどの大量生産ではないので、製造コストが上がるが、それでも0.4元程度で製造できる。これで6元ほどするレッドブルが手に入るのだから、割に合う仕事だ。

それどころか、販売店が積極的に偽造をしていた可能性も指摘されている。販売店は当たりくじを仕入れ先に送ると、1本分の仕入れ代金が無料になる。飲料はだいたい1元から2.5元程度で仕入れるので、0.4元で作った偽の当たりの蓋を送れば、かなり利益が出ることになる。

こうして、レッドブルは売上目標を達成したのに、さっぱり利益が出ないということになった。

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▲ペットボトルの当たりくじを探す人たち。当たっていても、気がつかずに捨ててしまう人がいるので、それを拾い出すのだという。

 

羊毛党に対抗した東鵬特飲

この羊毛党に対抗したのが、東鵬特飲だ。東鵬特飲も2015年までは、蓋の裏の「もう1本の当たり」を行なっていた。しかし、偽造の当たり蓋により損失を受け続けていた。東鵬特飲が公開した数字では、当たりくじの5%近くが偽物だったということになっているが、テンセントセキュリティの試算によると、さまざまな状況から8%から10%が偽造だったと推定できるという。


Chinese Click Farm

▲ロシアのメディアが取材した中国のクリックファームの映像。大量のスマートフォンを並べ、STFツールなどを使い、スクリプトで自動化をしている。当初は、依頼を受けて「いいね」を押す、ツイッターアカウントを使って依頼主をフォローするなどのビジネスをしていたが、最近は還元ポイントを毟り取る羊毛党行為を行なっているところが多い。

 

当たりをQRコード化したことにより、羊毛党を排除

当時、東鵬特飲にはIT部門は事実上存在しなかった。しかし、2016年には50人のIT部門を作り、テンセントのクラウドと契約をして、基幹システムのクラウド化を進めている。その中で、この当たりくじについても、経営を圧迫する要因を排除するため、クラウド化が進められた。

端的に言えば、蓋の裏に「もう一本」という当たりの文言を刻印するのではなく、QRコードを印字する方式に変えた。このQRコードをスキャンすると、モバイルサイトが表示され、そこでくじを引く。当たると、1本分に相当する金額がアリペイやWeChatペイに入金される。いわゆる紅包(ホンバオ)機能を利用している。

このQRコードをどこに印刷するかについては、試行錯誤があったようだ。QRコードによる当たりくじキャンペーンが行われていることがよくわかるように、蓋の外側やラベルの表側にQRコードを印字する方法も試された。しかし、当然ながら、店頭に並べられている時に、こっそりとスキャンしてしまう心ない人が出てくる。くじのシリアル番号はクラウドで管理され、一度引いたくじは無効にできるということがこの仕組みの利点だ。しかし、店頭でこっそりスキャンされてしまうと、正規の購入者から「くじが無効になっている」というクレームが入ることになる。

結局、店頭で勝手にスキャンできないように、蓋の裏またはラベルの裏側にQRコードを印刷することになった。これは悪くないアイディアだった。ペットボトルを分別回収する時は、フタとラベルを剥がして、ペットボトルだけを回収ゴミとして捨てる。くじを引きたいがために、ラベルを剥がし、蓋を取るため、自然と分別回収を促すことができるという効果もあった。

このような変更を行い、10%近くあったと推定される不正率は1%になった。

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▲猫池(モデムプール)と呼ばれる装置。IoT用SIMカード、海外から入手したSIMカードなどを多数挿すと、1台のPCから次々と携帯電話のアクセスが可能になる。羊毛党の必須ツール。これも最近では、eSIMを使うことが増えているという。

 

スターバックス、拼多多も羊毛党の被害を受ける

中国の小売業の場合、このような羊毛党対策が必須になる。羊毛党は違法なことばかりをしているのではなく、合法的な範囲で活動することもあるが、なにしろ組織的に動く。羊毛党にとって、それはビジネスなのだ。スマホのエミュレーションプログラムとIoT用や海外から入手したSIMカードを使って、数千台の仮想スマホをPCの中で動かし、還元ポイントを得られる操作をスクリプトにして自動化をしている。

中国スターバックスも被害にあっている。2018年のクリスマスに、専用アプリリリース記念として、新規ユーザー登録をした人にコーヒー1杯が無料になるクーポンを配布することにしたが、登録情報の90%はデタラメだった。スターバックスは、新規ユーザー登録を中止するまでの1日半で、1000万元(約1億6000万円)の損失を出したと言われる。

まとめ買いECサイト「拼多多」は2019年1月に、会員に向けて100元のクーポン券を配布したが、これが1人1枚のはずが、システムのバグにより、何枚でも取り放題の状態になっていた。数時間のうちに、ネットはお祭り状態となり、1日足らずの間に2億枚のクーポンが発行されてしまった。

拼多多では、クーポンの配布を停止するとともに、クーポンの無効を宣言して、会員に謝罪をした。しかし、遅かった。羊毛党たちは、そのわずかな時間に、クーポンを取得しただけでなく、プリペイドカードなどの換金性の高い商品を買っていたのだ。この取り戻しようがない損失だけでも数千万元(数億円)規模だと言われている。

中国の小売企業にとって、還元キャンペーンはただ話題になればいいというものではない。あらかじめ、羊毛党につけいられる隙がないかどうかをしっかりとテストしなければならない。還元キャンペーンは、真剣勝負なのだ。

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▲羊毛党は、個人の趣味などではなく、ビジネス化されていて、サプライチェーンが確立している。「羊毛党産業報告」(同盾科技+FreeBuf)より引用。