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「アリペイ」「WeChatペイ」「銀聯」のスマホ決済10年史(下)

中国には267種類ものスマホ決済が存在し、日本以上に乱立をしている。しかし、現在主流となっているのは「アリペイ」「WeChatペイ」「銀聯」の3つに絞られている。それはこの3サービスが激しい競争をして、消費者を惹きつける施策を矢継ぎ早に行っていったからだと電商報が解説している。

 

スマートフォンという新大陸が現れた

現在のキャッシュレス決済「アリペイ」「WeChatペイ」はもともとPC時代のネット決済が元になっている。ネット決済の世界では、アリペイが積極的にテンセントや銀聯に対抗する施策を矢継ぎ早に打ち出し、ネット決済の主流となっていた。

しかし、2010年になって、アリペイの独占を脅かす環境の変化が起きる。スマートフォンが普及し始めたのだ。アリペイ、WeChatペイ、銀聯にとっては、突如として未開拓の新大陸を発見したことになる。

ここでシャッフルが起こり、キャッシュレス決済は再び激しい競争を始めることになる。

 

PC版「QQ」を捨て、スマホ版「WeChat」に転身したテンセント

スマホにいち早く対応をしたのはテンセントの「WeChatペイ」だった。この転身は見事としかいいようがない。

2010年以降、それまでのフィーチャーフォンに代わって、スマートフォンが急速に普及をしていった。テンセントのSNSプラットフォーム「QQ」はPC上のものであったが、スマートフォン対応を早々と行なっていた。しかし、使い勝手があまりにも悪く不評だった。操作感も悪く、PC版QQに比べて利用できる機能が限られていた。

スマホ版QQをどうするのか。テンセントは思い切った決断をした。14億人以上のユーザー数がいるQQを捨て、まったく新たにスマホSNS「WeChat」を開発したのだ。このWeChatは、スマホの普及に合わせてユーザー数を伸ばしていった。そして、2013年に、WeChat 5.0のバージョンアップから、財付通のスマホ版「WeChatペイ」が正式にスタートした。

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SNS「WeChat」はその名の通り、チャットが基本機能。音声通話やゲームの機能もあり、さらには決済機能「WeChatペイ」の機能もある。日本のLINEとよく似たサービスだ。

 

アリペイが慌てたWeChatペイのQRコード方式

アリペイは大いに慌てた。なぜなら、このWeChatペイはQRコード決済に対応をしていたのだ。

WeChatはSNSであるために、個人間でWeChatペイを使って送金する機能がある。しかし、送金をするためには、相手とWeChat内で友人となるか、相手のアカウントを検索しなければならない。1回だけ送金をするのにこれは面倒なので、QRコードを使ってアカウントを読み取れる機能が用意された。お金を受け取る方が、自分のアカウント情報をQRコードにしてスマホ上で表示するか、あるいは紙に印刷しておいてもいい。お金を送る方は、WeChatの中からカメラを起動して、このQRコードを読み取ると、相手のアカウントが検索される。そのまま送金をすればお金が送れる。

これは単なる便利な機能ではなく、革命的な機能だった。なぜなら、個人商店などでは店主がQRコードを用意しておけば、WeChatペイで支払いができるようになるからだ。それまで、ネットの中でしか利用できなかったWeChatペイが、リアルな世界でも決済手段として使えるようになった。

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▲商店側のQRコードをスキャンして、金額を入力して支払う静的コード方式。商店側にQRコード以外の設備が不要ということもあり、スマホ決済普及の原動力になったが、QRコードが改竄されるなどの脆弱性があった。現在は、決済内容を商店側がすぐに確認できるなどの安全対策がされている。

 

スマホシフトを促すためにPC版アリペイに手数料課金

アリペイもスマホ用アプリをリリースしていたが、利用者がなかなか増えなかった。PC版のアリペイの利用者は6億人もいたのに、スマホ版のアクティブユーザーは100万人程度だったのだ。

それも当然だった。SNSではなく、純粋な決済手段であるアリペイは、WeChatペイのように個人間送金をすることができなかった。ネット決済に利用ができるだけであり、アリペイ決済に対応をしているスマホサイト、スマホアプリはまだごく一部でしかなかった。

しかし、WeChatペイのリアル決済にも使えるQRコード決済機能を見て、アリペイは、スマホに本格シフトをしなければならないと感じた。この時、アリペイは相当に焦っていたのだと言われる。

なぜなら、ユーザーをスマホ版アリペイに誘導させるために、強引な手段をとったからだ。それはPC版のアリペイで決済をする時に、手数料を取るようにしたのだ。一方で、スマホ版のアリペイで決済をする時は無料にした。この施策は、ユーザーから反発も招いたものの、多くのユーザーがスマホ版アリペイを使うようになり、スマホ版アリペイユーザーが増えるともに、アリペイ決済に対応するアプリ、モバイルサイトも増えていった。

 

理財商品を取りれることで圧倒的なシェアを握ったアリペイ

さらに、アリペイは、2013年6月に、WeChatペイに圧倒的な差をつけるキラーサービスを投入した。余額宝(ユアバオ)だ。これはアリペイ内の余額宝にお金を預けておくと、年利6%以上で利息がつくという理財商品だった。集めた資金をアリペイの親会社であるアントフィナンシャルが銀行のMMFに再投資をし、その運用益を利用者に還元するというものだ。

しかも、大量のバッファ資金を用意し、24時間いつでも1元から購入、解約ができるようにした。銀行でMMFに投資をする場合、多くは1000元単位であり、解約には数日かかる。余額宝は、解約があるとバッファ資金からすぐにお金を戻してしまうので、利用者からは24時間いつでも解約ができるように見える。利用者にとっては理財商品というよりは、お財布の中の奥のポケットぐらいの感覚だ。これで年利6%以上で回る。

これにより、アリペイに大量の資金が流れ込んだ。余額宝を始めてから、アリペイの預かり資金は50倍以上になったと言われる。また、PC版アリペイには余額宝を用意しなかったため、これでほとんどのユーザーがPC版からスマホ版に移行をすることにもなった。

さらに、WeChatペイに対抗するために、QRコード決済の機能も始めた。

この時点で、アリペイのシェアは82.3%、財付通のシェアは10.6%。圧倒的にアリペイが市場をリードしていた。WeChatペイがQRコード決済を始めて、アリペイのシェアを脅かす可能性が出てきた瞬間、アリペイは余額宝とQRコード決済開始で、WeChatペイの可能性の芽を早々と摘むことに成功した。

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▲アリペイの余額宝。資金を入れておくだけで、利息がついていく理財商品。これがアリペイのキラーサービスとなり、アリペイ利用者を大きく伸ばした。

 

WeChatペイは新年紅包で逆襲。再びアリペイを慌てさせる

しかし、WeChatペイは、さらにアリペイに挑戦した。2014年の春節時に「新年紅包」(ホンバオ)という機能をリリースしたのだ。これは個人間送金のバリエーションだった。通常の個人間送金では金額を指定して送るが、紅包では、あらかじめ設定した額の範囲内で金額がランダムに決まる。新年のお年玉くじのような要素を加えたのだ。

これを企業と提携して、企業が大量の紅包を送るというキャンペーンを行なった。企業が提供する紅包を取得すると、お年玉がもらえる。その額はランダムだが、1000元という高額が当たることもあった。これが話題を呼び、500万人の利用者がこのキャンペーンに参加し、1600万件の紅包が送られた。翌2015年の春節では、2000万人が参加し、10億件の紅包が送られた。WeChatペイは一気に利用者数を増やしていった。

このWeChatペイの紅包機能のことをアリババは事前に察知していたと言われる。アリババのジャック・マー会長は、日本軍の奇襲攻撃になぞらえて、「これは真珠湾攻撃だ」と心底驚いたと言われる。WeChatペイのシェアは、この紅包キャンペーンでアリペイに肩を並べるところにまで迫った。この頃に、現在のアリペイ:WeChatペイのシェア=3:2の構図ができあがる。アリババの内部では「10年かけて積み上げてきたアリペイの実績が、テンセントに一晩で追いつかれてしまった」という嘆きの声もあったという。

事前に紅包機能を察知したジャック・マーはすぐにアリペイ版紅包の機能の開発を指示したが、SNSをベースにしていないアリペイでは個人送金をどのような仕組みで行うかという大きな課題があり、アリペイ版紅包開発は暗礁に乗り上げ、2014年の春節リリースを断念することになった。WeChatペイの反撃は大成功に終わった。

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▲WeChatペイを急成長させた「紅包」。チャットで紅包を送ることができ、それを開くと、設定した範囲内での金額がもらえる。お年玉の電子版。企業がプロモーションに大々的に利用し、これがWeChatペイユーザーを増やすことにつながった。

 

安全性の問題からQRコード使用禁止。突破したのはやはりWeChatペイ

2014年3月、次第に広まるQRコード決済に対して、安全性が疑問視される声が上がった。当時は、静的QRコードのみ対応だったことが大きい。商店側が自分のアカウントのQRコードを印刷して表示しておき、それを消費者がカメラで読み取り、金額を入力して送金するという方式だった。

これでは、商店が掲示しているQRコードを改竄された場合、消費者が送金したお金は別のところに送られてしまう。実際にそのような事件も起きていた。そこで、中国工信部は、QRコード決済の安全性が確認されるまで、QRコード決済の使用を一時停止する命令を出した。

8月になって、先に問題を解決したのはWeChatペイだった。静的QRコードではなく、動的QRコードを使う仕組みを導入したのだ。消費者のスマホ上でQRコードを生成し、これを商店側がスキャンすることで、決済が成立する。動的QRコードには消費者のアカウント情報だけでなく、生成した時刻情報も入れるため、1分から2分でそのQRコードは無効になる。コピーをしても悪用ができない仕組みだ。

中国工信部は、この動的コード方式について安全性を認めることはしなかったが、利用することを禁止することもなく、「黙認」という形をとった。

アリペイもすぐに動的QRコードに対応をし、現在ではこの動的QRコード方式が主流になっている。

2016年になると、アリペイとWeChatペイのシェアは、54.10%:37.02%まで迫っていた。以後、このシェア割合は大きな変化をせずに今に至っている。

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▲現在一般的なのは、自分のスマホQRコードを表示して、商店側のスキャナーで読み取ってもらう動的コード方式。時刻情報などを織り込んでQRコードを生成するため、数分で無効になる。静的コード方式に比べて安全性は高くなっている。

 

キャッシュレス決済にとって、QRコードは本質ではない

アリペイとWeChatペイは、俗に「QRコード決済」と呼ばれることもあるが、それは本質ではない。要は、消費者、商店のアカウント情報がマッチングできればいいのであって、それはQRコードでなくても他の方法でも可能だ。単に利便性、コストなどからQRコードという技術要素を採用したにすぎない。

2017年からは、むしろQRコード以外の場所での競争が激化をしている。ひとつはO2O対応だ。O2OとはOnline to Offlinneの略で、ネットとリアルを結びつけたサービスのこと。モバイルオーダーなどが代表格で、スターバックスを店舗数で越えようとしているカフェ「ラッキンコーヒー」などが採用した方式だ。ラッキンコーヒーでは、専用アプリからコーヒーを注文する。注文と同時にアリペイやWeChatペイでのネット決済も行われる。コーヒーができあがるとプッシュ通知が送られてくるので、コーヒーを取りにくというものだ。

このように「ネットで注文して、リアルな買い物ができる」というのがO2Oだ。この世界では、決済はスマホ内で行われてしまうのでQRコードは不要だ。アリペイにとっては、元々のネット決済方式に戻ったことになる。

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▲モバイルオーダーの例。喜茶は、若者に人気のカフェで、店頭に数時間待ちの行列ができることも珍しくない。モバイルオーダーをしておくと、店頭に行って、すぐに飲み物を受け取れる。注文した時に同時に決済も行われる。

 

電子決済というよりは生活サービスプラットフォームの「アリペイ」「WeChatペイ」

このような生活関連のO2Oサービスを促すために、WeChatペイは、2017年にミニプログラムという仕組みをリリースした。これはアプリ版SaaSだ。WeChatペイから、名前などで検索をし、目的のミニプログラムを起動すると、アプリがその場でサーバーからダウンロードされる。そのアプリから、さまざまな情報を見たり、商品を購入して、WeChatペイ決済できるというものだ。いくつものアプリをインストールすることなく、WeChatペイの中で多くのことが完結できるようになる。アリペイも同様にミニプログラムを公開している。

このミニプログラムがキャッシュレス決済を完全定着させる決め手となった。アリペイやWeChatペイのアプリの中で、新幹線や飛行機のチケットを購入することができ、電子チケットが発行される。お腹が空いたら外売で料理の出前を注文することができる。買い物が必要であれば、そのままECや新小売スーパーに注文をして宅配してもらうことができる。生活のほとんどのことが、アリペイやWeChatペイの中だけで、決済から宅配、入手まで完結するようになっているのだ。

「現金の方がわかりやすくて安心できる」と主張する人は未だに一定数いる。しかし、そのような人でも新幹線の切符を買うのに、わざわざ駅まで行って、窓口の行列に並ぼうとは考えない。キャッシュレス決済とは、お金が実体通貨か電子通貨であるとか、レジでの処理時間が長いか、短いかというところはあまり大きな問題ではなく、それよりもさまざまな生活サービスに直結をしていて、スマホがあれば生活関連の用事がほとんどすべて済んでしまうという利便性が大きなポイントなのだ。

ただ通貨を電子化して、レジで現金よりも素早く払えますというだけでは意味はない。中国には267種類ものスマホ決済が存在するが、その多くが、このような「単なる電子化」に留まっている。多くの人は、そのようなスマホ決済は、大型の還元キャンペーンがある時にだけ使う程度だ。

一方で、アリペイとWeChatペイは、生活サービスに連動させていき、スマホ1つで多くのことができるようにした。すでにアリペイとWeChatペイは、スマホ決済サービスと呼ぶよりも、生活サービスプラットフォームと呼んだ方が実体をよく表している。

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▲アリペイのメイン画面。小さなアイコンは、航空機、新幹線のチケット購入、タクシーを呼ぶ、水道光熱費の支払いなど生活関連のサービスが並ぶ。この他、料理の出前、ホテル、映画館の予約、病院の予約などが用意されている。いずれも決済はアリペイで行われる。決済アプリというよりは、生活プラットフォームになっている。

 

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▲アリペイのチケットコーナー。検索すると、列車のチケット一覧が現れ、空きがあるかどうかも表示される。そのまま購入すれば、決済も行われ、チケットは電子チケットとして保存される。そのまま駅に向かえばいい。新幹線、航空機、長距離バスのチケットも同じように購入できる。

 

QRコードから顔認証へ。スマホ不要の世界に再び進化が始まっている

また、アリペイ、WeChatペイともに、現在は顔認証決済の普及に力を入れている。顔をカメラに向けるだけで決済が完了するというユーザー体験のよさが売りだ。これも消費者のアカウントをQRコードで伝えるか、顔で伝えるかだけの違いでしかない。

アリペイは本質的に決済アプリ。WeChatペイは本質的にSNS。この違いにより、アリペイは決済や金融機能に強く、WeChatペイは個人間送金系の機能に強いという違いがあった。しかし、それぞれが互いに競争する中で、次第に収斂をし、両者に決定的な違いはなくなってきている。それでも、シェアを少しでも増やそうと、現在でも熾烈な競争は続いている。

歴史を振り返ってみると、キャッシュレス決済の黎明期はアリペイが圧倒的に強かった。銀聯を駆逐し、WeChatペイは相手にもならなかった。しかし、主流のデバイスがPCからスマホに移るという大きな変革期に、テンセントはそれまでの重要資産であるQQに見切りをつけ、新たにWeChatを始めるという大きな決断をした。これにより、WeChatペイはアリペイの競争相手になれるほどの成長をした。

もし、WeChatペイがQQに固執をし、アリペイの一人勝ちになっていたら、中国のスマホ決済はここまで進歩をしなかったかもしれない。互いに好敵手がいたため、矢継ぎ早に新機能を投入し、競争をすることで、スマホ決済が育っていった。

決済手段の乱立は消費者にとって煩わしいことだが、ひとつに統一されてしまうのも成長を停滞させてしまうことになる。テンセントがあきらめずに食い下がったということが、中国のスマホ決済にとっては大きなことだった。

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▲アリペイ、WeChatペイとも、現在は顔認証決済の普及に力を入れている。スマートフォンがなくても決済が可能になる。すでにコンビニやスーパーを中心に導入が始まっている。