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フーマフレッシュがアリババ内で独立事業体に。侯毅総裁の「アリババらしくない」キャラクター

2019年6月18日、アリババのダニエル・チャンCEOは、新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)を、独立事業体に格上げをすると発表した。総裁には、フーマフレッシュを立ち上げた侯毅(ホウ・イ)氏が就任する。フーマフレッシュは、今後事業を拡大させ、子会社を経て、上場を目指すことになると理奥資訊が報じた。

 

最もアリババらしくないフーマフレッシュ総裁

侯毅総裁は、上海出身の50代。非常に厳しいビジネスをすることで有名で、常に目の前の敵を撃破することに集中をする。過去、グルメサービスの美団(メイトワン)、ECの京東(ジンドン)と激しい戦いを経て、アリババの出世階段を登ってきた。伝統的な小売ビジネスの経験がある転職組で、経験豊富な叩き上げだ。ある人は、最もアリババらしくない人であるとも言う。

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▲独立事業体になったフーマフレッシュの総裁に就任した侯毅氏。非常に厳しいビジネスをすることで有名で、「最もアリババらしくない人」と言われている。しかし、本質はテクノロジストであるという。

 

フーマフレッシュの本質はECの進化形

フーマフレッシュが登場した2017年、店内に大きなイケスを作り、カニやエビ、魚といった新鮮な海鮮食材を並べた映像が大体的に報道されたため、多くの人が海鮮スーパーだと勘違いをした。消費者にとってはそれでよかった。特に内陸部の人にとっては物珍しく、客寄せ効果は抜群だった。

しかし、フーマフレッシュの本質は海鮮スーパーではない。売上が頭打ちになっているECの次の成長空間を模索するために、膨大な市場がある生鮮食料品を扱いたい。しかし、鮮度の問題があるので、倉庫兼店舗を消費者の近くに作り、周辺3km以内に30分配送を実現する。本質はECであり、スマホで注文するのが基本になっている。現在でも、フーマフレッシュの売上の60%以上はEC(スマホ注文)だ。これにより、既存スーパーの単位面積当たりの売上が4倍近くなるという成功をした。

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▲フーマフレッシュがスタートした時、この写真が報道されて、多くの人が「フーマフレッシュは海鮮に強いスーパー」と考えた。それが客を呼び寄せることになったが、これは侯毅総裁がライバルに対して仕掛けた罠でもあった。中央で、カニを手にしているのがジャック・マー会長、左がダニエル・チャンCEO、右が侯毅総裁。

 

侯毅総裁がライバルに仕掛けた「海鮮」という罠

侯毅総裁は言う。「海鮮のイケスは私のアイディアで始めたものですが、営業的にはほとんど失敗でした。でも、これはフーマフレッシュのフォロワー、ライバルに対する罠でもあったのです。フォロワーが海鮮売場を拡大している間に、フーマフレッシュは海鮮売場の縮小を始めています」。

海鮮は、足が速いために鮮度管理が難しい。食品としては問題がない鮮度であっても、嫌なにおいが出て、消費者は品質を疑ってしまう。単価が高い商品であるだけに、ロスも大きい。

しかし、海鮮を前面に掲げ、大々的に店舗数を拡大していくフーマフレッシュを見て、ライバルとなる既存スーパーや生鮮ECは、「海鮮こそがフーマフレッシュ成功の秘密」だと考え、海鮮売場を拡大していった。しかし、それは単に利益率を落とすだけの罠にはまっただけのことだった。ライバルが落とし穴の中でもがいている姿を見ながら、侯毅総裁は海鮮売場を縮小していく。これが侯毅総裁のビジネスのやり方だ。

 

新小売の本質とは、オフラインでのユーザー体験の改革

フーマフレッシュは、現在200店舗を超え、2019年中には300店舗を実現する計画だ(ミニ店舗の出店も始めている)。侯毅総裁によると、100万人の人口がある200都市に出店をして、全国カバーをすることが第1の目標だという。

侯毅総裁に対して、経済メディア「財経」がインタビューをしている。そのひとつがライバルであるとされているテンセント系の「毎日優鮮」、上海のスタートアップ「ディンドン」をどう見ているかという質問だ。この2つは、生鮮ECに分類されるもので、配達地域に倉庫を持つことは同じだが、純粋な倉庫であって店舗としては機能させない。EC宅配のみを行なっている。このような方式は「前置倉」(前線倉庫)と呼ばれ、フーマフレッシュのような倉庫でもあり店舗でもあるという方式は「店倉合一」と呼ばれる。

「私たちフーマフレッシュはオフラインでの消費者体験を重視しています。前置倉はECの延長線上でしかなく、ECでは郊外の大規模倉庫だったものが、前置倉は住宅地内の小規模倉庫になったという違いしかありません。新小売(ニューリテール)の本質とは、ネットテクノロジーが実体小売の消費者体験を変革していくところのあるのです」。

「ディンドンが上海で営業を始めても、フーマフレッシュの販売には何の影響もありませんでした。前置倉は投資資金も小さく、配達地域を素早くカバーしていくことができます。でも、あくまでも過渡期の形態なのです。商品品目を増やすことが難しいため、消費者を惹きつけるには、必然的に価格競争にならざるを得ません。永遠に投資資金を消費し続けるだけで、黒字化の可能性は見えないのです」。

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スマホ決済、顔認証決済対応のセルフレジもあるが、利用者は多くない。多くの人が、スマホから注文して30分配送してもらうからだ。ヘルプスタッフは、操作の手伝いをするだけでなく、必ず、スマホ注文宅配に誘導するトークをする。売上の60%以上がスマホ注文になっている。フーマフレッシュは、スーパーではなく、店舗付きECなのだ。

 

前置倉でいくか、店倉合一でいくかをチャンCEOと徹底議論

アリババのダニエル・チャンCEOとは月に1回、定期的な面会をし、フーマフレッシュの方向性について話し合う他、随時、緊密に連絡を取り合っているという。見解が異なり、対立するようなことはないという。

「私たちが進めているフーマフレッシュは、まったく新しいビジネスです。何が正解で、何が間違いか、誰にもわからないことをしているのです。上海の1号店の計画を進めていた時、ダニエル・チャンCEOはわざわざ上海まできてくれて、コーヒーを何杯も飲みながら長時間の議論をしました。そこで前置倉でいくか、店倉合一でいくかを徹底的に話し合い、店倉合一でいくことを2人で決めました」。

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▲フードエリアが併設されていて、販売している食材を使った料理が食べられる。フードエリアは平日の昼間でも混雑をしている。料理は商品のプレゼンテーションのひとつなので、利益をほとんど乗せていないからだ。

 

侯毅総裁の本質はテクノロジスト

現在のフーマフレッシュのスタッフは、アリババからの出向組も多い。しかし、侯毅総裁は、そのような出向組に「アリババでの経験は忘れろ」と言っているという。

「私は、サプライチェーン、物流、小売、経営などを30年もやってきましたが、私の本質はエンジニア、テクノロジストです。ですから、今でも猛烈に学んでいます。フーマフレッシュが新しい都市に進出をすれば、そこで売れるものは必ず違っている。フーマフレッシュは変わり続けていかなければならず、永輝スーパーのビジネスに多くを学んでいます。私たちフーマフレッシュは今はEC企業ですが、近い将来プラットフォーム企業になります。着実に発展をして、長期的な企業になることを目指しています」。

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▲店内の商品レイアウトは、一般のスーパーのように「野菜→魚→肉」という回遊式ではない。回遊式は来店客が、価格変動の大きな食材から見て、献立を考えられるようにデザインされている。フーマフレッシュでは、食材ごとにゾーン分けされ、通路も広い。来店客が回遊することよりも、スタッフが宅配注文に応じて商品をピックアップすることを優先してデザインされている。

 

オンラインとオフラインの融合問題に解を示したフーマフレッシュ

アマゾンが1994年に創業し、オンライン書店として、既存の書店のビジネスを圧迫し始めた頃、「クリック&モルタル」という言葉が叫ばれるようになった。オンライン書店だけでは消費者は本との出会いの場が失われてしまう。既存書店だけでは不便すぎて本を買わなくなってしまう。オンライン書店とオフライン書店は対立するものでなく、融合をすることが必要なのだという意味だ。

しかし、では、どのように融合をすればいいのか。その答えは誰も出すことができないままにいて、ECは成長の限界を迎え、実体店はショールームと化していった。侯毅総裁のフーマフレッシュは、このクリック&モルタル問題にひとつの答えを出した。この突破が可能になったのは、侯毅総裁という極めて攻撃的なキャラクターが寄与していることは間違いない。