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赤字のままでナスダック上場を果たしたラッキンコーヒーの秘密

中国で異常な勢いで成長し、スターバックス超えが現実的になっているカフェチェーン「ラッキンコーヒー」が、赤字のまま米ナスダック上場を果たした。赤字でも上場できたのは、モバイルオーダーを利用して、徹底して店舗運営コストを抑えたコスト構造にあると青年横財発展会が報じた。

 

「戦略的赤字」を出し続けるラッキンコーヒー

瑞幸珈琲(ルイシンカーフェー、ラッキンコーヒー)が2019年5月17日に米ナスダック市場に上場し、5億6100万ドル(約600億円)を調達した。創業わずか2年足らずでの快挙だ。

しかし、米証券取引員会への提出書類では、2018年の売上は1億2500万ドル、オペレーションコストは3億6300万ドルで、最終損失は2億4100万ドルとなっている。それどころではない。ラッキンコーヒーの銭治亜CEOは、今後3年から5年にわたって「戦略的赤字」を出し続けると公言している。

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▲ラッキンコーヒーのブルーに鹿のカップは、もはや中国では馴染みのあるものになっている。

 

赤字上場する企業の大半は、将来の利益が約束されたサブスク企業

赤字のまま上場する企業がないわけではない。しかし、その多くは音楽ストリーミングサービスのSpotifyなどのサブスクリプションサービスだ。サブスクでは、「会員が辞めない」「新規会員の獲得」の2つの施策がしっかりしていれば、黒字化すれば安定して収益を上げ続ける。その構造が評価されて上場が可能になる。

しかし、小売で赤字上場は珍しい。赤字であるだけでなく、将来の収益も保障されていない。極端な話、強力なライバルが登場すれば、一瞬で転落する可能性もゼロではないのだ。

 

投資資金を燃やしながら走り続けるラッキンコーヒー

専門家の間にはラッキンコーヒーの将来性を危ぶむ人もいる。中国では「投資資金を燃やしながら走っている」と形容されているほどだ。しかし、それでも上場ができ、その株を購入する人がいる。ラッキンコーヒーは、コーヒーのコスト構造に革命を起こしたからだ。

 

原材料コストは安いが店舗コストが高いカフェ

コーヒーの原材料コストは極めて低い。これがコーヒービジネスの基本にある。一般的にコーヒー豆、ミルク、砂糖、カップなどのコストは一杯あたり4元から5元程度だと言われる。

かといって、カフェが大儲けをしているわけではない。人件費、店舗費用、家賃、内装などのコストがかかる。これが一般的には一杯あたり10元から12元になる。

合計して、一杯のコーヒーのコストは14元から17元程度になり、これを24元で売ると、7元から10元の利益が出ることになる。

コーヒーの原材料コストは店舗運営コストの3分の1程度なのだ。つまり、カフェでコーヒーを飲む人は、コーヒーを買っているのではなく、空間を買っていることになる。

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▲コーヒーの原価構造。ラッキンコーヒーはコーヒーそのものにコストをかけて、店舗のコストは極限まで抑えている。一般的なカフェでは、店舗にコストがかかっている。

 

コスト構造をカフェとは逆転させたラッキンコーヒー

一方で、ラッキンコーヒーのコスト構造は逆転をしている。原材料コストが高く、店舗コストが安い。なぜならコーヒー豆、ミルク、砂糖なども高級品を使い、コーヒーマシン、用具なども高級品を使っているからだ。

それだけでなく、スタッフの時給も高い。北京ではカフェの仕事であれば時給23元程度が相場だが、ラッキンコーヒーでは30元を出している。美味しいコーヒーを質の高いスタッフが作る。

ラッキンコーヒーの一杯あたりの原材料コストは11元から12元。一般的なコーヒーの2倍から3倍にあたる。

一方で、店にはお金をかけない。店舗コストは1元から2元程度だ。一般的なカフェの10分の1から12分の1だ。

結局、ラッキンコーヒーの1杯あたりの総コストは13元程度になり、これを24元(ラテの場合)で販売をして11元の利益を得ている。ただし、さまざまなクーポンやキャンペーンを行なっているので、実際は20元以下で販売していることが多い。特にキャンペーン費用はオペレーションコストの3分の1にもあたり、これが赤字の原因になっている。

つまり、ラッキンコーヒーは、キャンペーンを縮小していけば、いつでも黒字にできる構造になっている。

 

モバイルオーダーで店舗コストを下げ、ユーザー体験をあげる

しかし、どうしてここまで店舗運営コストを下げられることができるのだろうか。

理由の中で最も大きなものが、レジがないということだ。ラッキンコーヒーを購入するには、スマホアプリからモバイルオーダーをする。この時に、支払いもスマホ決済で同時に行われる。それから店舗に行き、スマホを見せて、コーヒーを受け取る。

モバイルオーダー専門店であるために、レジが不要。しかも、注文カウンターも不要。スタッフの人数を減らせるだけでなく、利用者も注文のために並ぶ、レジに並ぶということがなくなり、ユーザー体験は著しく向上する。そして、コーヒーの味は個人の好みがあるとはいえ、他のカフェよりも高級な原材料を使っているので美味しい。

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▲ラッキンコーヒーのスタンド店の典型例。カウンターだけで席はない。テイクアウト専門店だ。

 

スタンドでコーヒーだけを提供するラッキンコーヒー

ラッキンコーヒーの店舗には3種類がある。優享店、快取店、外売厨房店の3種類がある。優享店というのはいわゆる普通のカフェで、テーブルやソファがある店。快取店はスタンドで、カウンターなどを用意していることもあるが、原則テイクアウトになる。外売厨房店は出前専門の店だ。

ラッキンコーヒーは、このうちの快取店=スタンドに力を入れていて、全店舗の91.3%が快取店になる。面積は20平米から60平米と狭く、店舗運営コストは低く済む。さらに、改装も楽なので、戦略に合わせて、素早く店舗を開店したり、閉店するという機動力もある。

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▲ラッキンコーヒーの出店状況。テイクアウトを主体にしたスタンド店を急増させている。ソファがあるカフェはごく一部でしかない。

 

中国人の7割はコーヒーをテイクアウトする

しかし、他のカフェのようにゆったりと店でコーヒーを楽しみたいのでは?と思う人もいるだろう。中国では、カフェでは70%の人がテイクアウトをし、店内で飲む人は30%にすぎない。

多くの消費者が店舗を必要としていない。オフィスや自宅で飲むか、モールのベンチなどで飲む。中国人のコーヒーに対する習慣を熟知しているラッキンコーヒーは、優享店はイメージを高めるために使い、主力は快取店で大量のコーヒーを販売している。これで1杯あたりの店舗運営コストを大きく下げることができている。

さらに、ラッキンコーヒー特有の仕組みとして、企業アカウントというのがある。企業で会議や打ち合わせで大量注文するためのもので、企業の口座から支払いができる。注文量に応じて、さまざまな割引がされるため、多くの企業で利用されている。この売上が大きい。

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▲対抗するスターバックスは、カフェ空間に大きなコストをかけている。上海のリザーブ・ロースタリーは焙煎施設を併設した高級店だ。しかし、中国人の7割はコーヒーをテイクアウトして飲むため、カフェ空間を必要としていない。

 

モバイルオーダーでデータを分析し、クーポンを個別配信

専用アプリからのモバイルオーダーを基本にするということは、すべての注文の詳細なデータが取れるということだ。どこに住んで、どのくらいの年齢の人が、どのコーヒーをどこの店で購入したかがわかる。

これにより、消費者に適した優待クーポンをアプリに送信することができる。アレンジコーヒーが好きな人なのに、試したことがないアレンジコーヒーがあれば、優待クーポンを送って、消費を刺激することができる。

さらに、ビッグデータを解析することで、消費量の予測もできるようになる。原材料、人員の最適配置も可能になる。もはや、現金でレジを使って購入する消費者は、匿名でデータの取れない消費者になっていて、商店からすれば、割増料金を取ってもいいぐらいなのだ。

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▲ラッキンコーヒーのアプリ。企業アカウントがあるのが独特。コーヒーは仕事中に飲む、会議などで飲むということが多いので、企業の決済口座から注文ができる。この売上がかなり大きいと推測されている。

 

「徒歩5分でラッキンコーヒー」を実現するための大量出店

ラッキンコーヒーの唯一の弱点は、「近くに店がない」ということだ。出前もあるが、距離が遠ければコーヒーが冷めてしまうし、時間がかかる。モバイルオーダーであっても、結局は店に行かなければならない。これが大きな課題だ。

そこで、ラッキンコーヒーは主要都市の中心部では「歩いて5分以内にラッキンコーヒーがある状況」を作ろうとしている。これを達成するため、ラッキンコーヒーは2021年末までに1万店舗の出店計画を立てている。

すでに店舗数は3000店を超え、スターバックスの3500店舗に次ぐ、中国第2位のコーヒーチェーンになっているが、2019年中にはスターバックスを超えて、中国第1位のコーヒーチェーンになることが現実味を帯びている。

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北京市のラッキンコーヒーの出店状況。コンビニよりも密に出店している。目標は「徒歩5分以内に店舗がある」状況を作り出すこと。

 

クーポンの切れ目が縁の切れ目の不安

この2021年末の1万店出店計画が完了するまでは、ラッキンコーヒーは赤字経営を続けることだろう。しかし、それが完了をすれば、きわめて強力なコーヒーチェーンになることは確実だ。

ただし、課題もある。最近、優待クーポンの量と回数、内容などが抑えられ、一部のヘビーユーザーから不満の声が起きている。いつまでも大量のクーポンを配布して消費者を引きつけていたのでは黒字化ができなくなる。1万店舗計画の完了に合わせるように、クーポン戦略も適正なレベルに寄せていく必要がある。

消費者は、優待クーポンがなくても定価でラッキンコーヒーを利用するのか、それとも優待クーポンがなければよそのカフェに逃げてしまうのか。これはラッキンコーヒーの最大の課題になる。

スターバックスもアリババと提携して、外売(出前)を始めている。ラッキンコーヒーに学んで、モバイルオーダーを取り入れるカフェも登場してきている。勢いが止まらないラッキンコーヒーだが、じわじわと難しい局面を迎えている。