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ポイント還元をむしり取る「羊毛党」は、IT企業をも倒産させる

大量のスマートフォンを用意して、大量のポイント還元をむしり取るグレービジネス「羊毛党」が下火にならない。それどころか、IT企業は新規顧客獲得のために、ポイント優遇を大型化しているため、ますます羊毛党が暗躍することになっていると電商馬小雲が報じた。

 

組織立って行われる「ポイント還元」のむしり取り

ネットサービスが始まる時やキャンペーン期間などに、大型のポイント還元が行なわれることはもはや珍しくない。この還元ポイントを一生懸命集める人が出てくるのもごく普通のことになっている。

しかし、中国のポイントを集める人たちはレベルが違う。数千台のスマートフォンを用意して、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)のようなスクリプトを書き、一晩で数万元から数十万元の利益を上げる。組織立って行われているグレービジネスなのだ。

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▲ある羊毛党のアジト。大量の中古携帯を並べて、PCからスクリプトで自動操作をしていく。羊毛党の間では、昔からRPAが使われていた。

 

ドラマのエピソードにちなんで「羊毛党」と呼ばれる

このような人たちは「羊毛党」と呼ばれる。1999年の春節に中央電子台が放送したドラマ「昨日、今日、明日」に出てくるエピソードからそう呼ばれている。貧しい時代の中国で、牧場で働いていた年老いた妻が、毎日少しずつ羊の毛を隠れて持ち帰り、それで糸を紡いで夫のためにセーターを編むという話だ。

このエピソードから、小額の還元ポイントを集める人たちのことを羊毛党と呼ぶようになった。

 

企業をも倒産させる羊毛党のポイントむしり取り

しかし、今の羊毛党は、セーターを編むなどという可愛いものではない。2016年8月、上海大智慧がライブ放送アプリ「視吧」をスタートさせた。同時に、ユーザー登録をしてもらうために大型のキャンペーンを行なった。ユーザー登録をして、1日に10分のライブ放送を見ると、30元もらえるというものだ。1日目から3日目までは毎日30元、それ以降は予定した資金がある限り毎日10元がもらえるというものだった。

視吧では、このキャンペーンに16億元(約250億円)の資金を投入し、年末には112万人の新規ユーザーを獲得した。しかし、そのほとんどは羊毛党で、視吧はほとんど売上が上がらず、10億元(約150億円)の損失を出して、親会社の株式は監理銘柄となってしまった。

上海のある企業は、新発売の理財商品をプロモーションするため、資料請求登録者に紅包を配布した。スマホ決済のポイント還元のような仕組みだ。ところが、3日後に登録者の90%の情報がデタラメであることが発覚をした。この企業は、ポイント還元を急遽中止したが、今度は登録をしたのにまだ紅包をもらっていないユーザーたちが騒ぎ出し炎上した。結局、この企業は、新商品の発売そのものを中止せざるを得なくなった。

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▲羊毛党たちが使っている猫池(モデムプール)。大量のSIMカードを挿すことができ、PCから操作して、次々と携帯電話の操作をして、ポイントやクーポンを取得していく。

 

サイトのバグにたかる羊毛党たち

羊毛党は、システムのバグにも目ざとい。ECサイト「拼多多」は2019年1月下旬に、1人1枚のはずだった100元のクーポン券が、システムのバグにより1人で何枚でも取り放題になってしまうという事故を起こし、ネットはお祭り状態になった。

この時、額にして200億元以上(約3100億円)のクーポンが取得されてしまった。拼多多では、すぐにバグを修復し、クーポン券を無効にし、ユーザーに謝罪をしたが、その時にはもうすでに遅かった。羊毛党たちは、手に入れたクーポン券を使って、携帯電話の料金チャージなど、換金性の高い商品をすでに購入していたのだ。このもはや取り戻せない損失でも数千万元以上はあると言われている。

 

それでもポイント還元をやめられない企業の事情

このような羊毛党が跋扈する背景には、新規ユーザーの獲得コストが上昇し続けていることがある。サービスによっても異なるが、1人の新規ユーザーを獲得するには、広告やプロモーション費用が数百元かかるというのが常識で、最近では1000元(約1万6000円)を超える例もあるという。

であれば、運営側としては、50元(約780円)のキャッシュバックで新規ユーザーが獲得できるのであれば、そちらの方がずっと効率的ということになる。

ECサイトなどでは、50元のクーポンを配布するような例が多かったが、クーポンの効果は薄れてきている。現金(スマホ決済に還元)やすぐに換金性のある商品が購入できるようにしておかないと、ユーザーはなかなかユーザー登録をしてくれなくなった。ここが羊毛党たちに狙われている。

 

1万件の電話番号を駆使して、一晩で100万円以上を稼ぐ

典型的な羊毛党は、数人のグループで、携帯電話番号を1万件ほど所有している。大量の携帯電話のSIMカードを「猫池」と呼ばれる装置に挿入すると、PCからプログラムで発信ができるようになる。PC上では、RPAのようなスクリプトを書いておき、目的のサービスにアクセスをして、入会手続きをし、クーポン還元を取得する操作が自動で行われるようにしておく。これを猫池を使って、1万件の携帯電話番号から自動実行していくのだ。

わずか8元の還元キャンペーンであっても、スクリプトを書く作業に数時間かけて、あとは監視をするだけで、一晩で8万元(約125万円)の売上になる。

こういった専業羊毛党が無数に存在をし、ネットサービスのプロモーションが行われるたびに、大量のアクセスが集中するようになっている。そのため、数字的には「新規会員◯◯百万人突破!」などと景気のいいことを言えても、そのうちの90%は羊毛党によるゾンビ会員であることも珍しくなくなっている。

 

羊毛党対策をすればするほど、離脱率が高くなる

ネットサービス側も対策はしている。例えば、銀行口座との紐付けを必須にして実名確認をする。顔認証登録を必須にする。あるいは検証コードをショートメッセージではなく、音声通話で送るなどだ。しかし、このように羊毛党対策をしていくと、それは本当に欲しい真のユーザーの離脱につながってしまう。

現実には決め手となる対策はなく、サービス側は真のユーザーの含有率を高める工夫をするぐらいのことしかできない。

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▲ある羊毛党のライブ配信。個人で羊毛党行為を趣味にしている人も多く、ライブ配信SNSで、やり方などの情報交換を頻繁に行っている。

 

典型的な羊毛党グループは3人で年間1500万円の売上

セキュリティ企業「深圳永安在線科技」のセキュリティチーム「威脅猟人」の推計によると、羊毛党が所有している携帯電話番号は累計で1億件に達するのではないかという。そして、1回線あたり年間で100元程度の利益を上げているという。

典型的な羊毛党グループ規模は3人で1万件なので、年間収入は100万元(約1500万円)。中国ではまずまずの収入であり、頑張れば2倍にも3倍に増やすことができる。

中国工信部では、携帯電話の実名制度を進めてきて、2017年6月には、実名登録のない回線を強制停止するという手段で、完全実名制を達成した。現在、携帯電話を購入するには身分証が必要であり、所有できる回線数も特別の事情がない限り5本程度に制限されている。

 

企業用Iot専用SIMカードを大量購入して利用する

羊毛党たちは、どうやって1億件もの携帯電話番号を所有することができるのか。その8割はIoT機器用のSIMカードだ。自動販売機、シェア自転車、カーナビといった通信を必要としている機器はたくさんある。このようなIoT機器のためにデータ専用のSIMカードが販売されている。

多くの場合低価格または無料で、従量料金を支払うだけで利用できる。ただし、一般の人は購入することができない。IoT機器を使う企業が大量に一括購入するのが基本だ。

羊毛党たちは、このようなデータ専用SIMを、架空の会社を設立して購入するか、あるいは携帯キャリアの内部の人間から横流ししてもらう。

 

無記名で購入できる海外販売のSIMカードも利用

また1割から2割程度は、海外SIMを輸入して使っている。東南アジア各国は、もはや中国と関わらずにビジネスを進めることができず、中国出張が多い。その時、中国国内で使えるSIMカードが低価格で販売されている。ミャンマーベトナムインドネシアなどでは、このような中国用のSIMカードが実名登録なしで購入できるため、このような海外SIMを大量購入して、中国国内に持ち込んで使っている。

 

羊毛党は違法とはいえないグレーな行為

セキュリティチーム「威脅猟人」では、過去の通信履歴から、どの番号が羊毛党のものであるかをほぼ正確に把握をしている。であれば、ネットサービス側は羊毛党からの通信を遮断してしまえば済む話だ。

しかし、それができない。ユーザー登録をした後で、そのサービスを利用するかどうかは本人の自由。ポイントをもらう行為に違法性はない。唯一の問題は、登録時に住所や名前といった個人情報に虚偽の内容を登録していることだが、あくまでも民民の問題で、公安が捜査をするのは簡単ではない。

最近では、ちゃんとしたユーザーさえ、ポイント還元や割引がなければサービスを利用しないようになっているため、サービス側はポイント付与をやめられない。しかも、競争に埋もれないために、より大型のポイントキャンペーンを打ち出していかざるを得ない。その大部分は、消費者ではなく、羊毛党の稼ぎに消えてしまうのだ。

非常によくないスパイラルにはまってしまっているが、そこから脱出するきっかけが誰にもつかめないでいる。識者も、このままでは新しいサービスが生まれても、そこにたかってくる羊毛党につぶされることを繰り返すことになると警告しているが、では、どうすればいいのかと問われると誰も口を閉じてしまうのだ。羊毛党がIT産業の成長を頭打ちにする大きな重しになろうとしている。

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