中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

京東、網易、アリクラウドなどが「豚の顔識別技術」開発の競争に。養豚業の痛点は「個体識別」

豚の顔識別テクノロジーの開発が激しい競争になっている。中国では2020年から死亡した豚の完全無害化処理が義務付けられるが、この際の個体識別を現在は保険会社の調査員が行なっている。これを顔識別技術を使って効率化できるかどうかが焦点になっていると毎日安全資訊が報じた。

 

養豚業の高コスト問題を解決する豚顔識別テクノロジー

豚の顔識別により、個体識別をしようという研究開発が盛んになっている。最も大きな問題は中国の養豚業が国際的に遅れていることだ。小規模農家が多いために、生産コストが高い。米国の養豚業の2倍ほどになってしまうために、米国から豚肉を空輸しても、国内産豚肉よりも安く販売することができる。価格競争力がまったくないために、養豚業を効率化してコストを下げることが喫緊の課題になっている。

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▲この分野での最大手「京東農牧」の壁面広告。「スマート養豚を広めれば、家を建てたり車を買ったりできるのも早くなる」というような意味。中国は農業大国だが、産業としては遅れていて高コスト体質になっている。そのため、テクノロジーで体質改善しようという動きが活発になっている。

 

死亡した豚の無害化処理にかかる費用がネックになっている

さらに、国務院は2020年から死亡した豚の完全無害化方針を打ち出している。食品安全の観点から、豚が死亡した場合は必要な防疫処理を行って、完全無害化をしてから処理することを義務付けるものだ。

もちろん、小規模農家にとって費用負担が重圧となる。そこで、養豚保険制度が整備された。農家は保険料を支払うことで、万が一、豚が死亡して無害化処理を行った場合には、保険会社から無害化処理にかかった費用が支給されるというものだ。

ところが、この保険会社の経営が成り立たない。支給金額の80%は国が補助をしているが、それでもすでに保険会社全体で16億元(約250億円)の累積赤字を抱えている。このまま2020年から無害化処理が義務付けられると、保険そのものが破綻をする可能性も高い。

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▲死亡した豚の無害化処理が義務付けられるが、その費用負担は農家にとっては厳しい。そこで無害化保険が広まっている。ところが、この保険が個体識別の手間がかかりすぎて、存続が危ぶまれている。

 

人が確認していた死亡豚の個体識別を顔識別で

保険会社の経営が苦しい理由のひとつが、豚の死亡した時には調査員が現地に行って、登録されている個体情報を参照して、個体識別をしなければならないことだ。耳につけたタグ、身体的な特徴から登録個体であることを確認して、保険金支給の手続きに入る。

この確認作業は、豚が死亡してから処理が行われる間に行う必要があるため、調査員が調査できるタイミングは短く、感染症などで大量死が出ることも考えると、大量の調査員を待機させておく必要がある。ここにコストがかかってしまう。

これがもし、豚の顔識別技術が開発できれば、調査員が現地に行かなくても、豚の写真を送ってもらうだけで個体識別ができ、保険会社のコストを大きく下げることができる。

保険費用も半分以下にできると見積もられていて、無害化処理の義務化の成否は、豚の顔識別技術が開発できるかどうかにかかっている。

さらに、豚舎に監視カメラを導入して、個体ごとの行動を監視し健康管理をすることで、病気の早期発見、予防や肉質の向上なども期待されている。

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▲生き物としては可哀想な気もするが、効率化のため、豚が方向転換できない幅の柵で飼育する方法が中国でも一般的になってきている。このような方式の豚舎であれば、顔認識カメラなどの導入もしやすい。

 

豚の顔は環境により大きく変化していく

しかし、豚の顔識別は簡単ではない。最も大きな課題は、豚の顔は年齢とともに大きく変わっていくことだ。年齢が高くなるにつれ、顔にも脂肪が乗り、シワができる。このシワのでき方は、遺伝的に決まっているわけではなく、生育環境によって異なってくる。そのため、子豚時代の顔から、成年豚の顔を予測することが難しい。一般に、豚は110日から120日の周期で、幼年期、童年期、成年期と育っていき、その度に、環境の影響を受けて、顔が大きく変わる。

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▲豚の顔識別技術の難しい点は、豚の顔が環境によって予測できない変化をすること。特に脂肪によるシワは予測がほとんど不可能。

 

豚舎で継続追跡することで個体の識別度をあげる

この問題を乗り越えるためには、豚舎の中に監視カメラを設置し、顔が変化をしていく豚の顔を毎日追跡していくしかない。しかし、今度は照明、角度などをどうするかという問題が生じるし、豚の顔を写すには顔の正面にくるようにカメラを低い位置に設置する必要があるが、豚がレンズを舐めてしまう、ぶつかって破損するという問題も考えておかなければならない。

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▲豚の顔を撮影するためには、カメラを低い位置に設置する必要があるが、好奇心の強い豚はカメラを舐めたり、つついたりしてしまう。実用には、研究室の中にいてはわからない数々の問題を解決しなければならない。

 

京東農牧の神農ブレインを筆頭に、網易、アリクラウドが参入

この分野で最も進んでいるのは、ECサイト「京東」傘下の京東農牧だ。豚の顔識別だけでなく、その個体識別を利用して、健康状態、生育状態などをモニターし、換気、温度などを管理するシステムを開発している。中国農業大学と共同で、人工知能「神農ブレイン」(人工知能)、「神農システム」(SaaS)を開発し、導入農家では、養豚のコストを30%から50%低減し、飼料飼料量は8%から10%減少し、出荷までの日数も5日から8日短縮しているという。

中国では毎年7億頭の豚が出荷されている。仮にこのシステムがすべての農家に導入されたとすると、500億元(約7800億円)のコストが節約できる計算になる。

この他、2016年には網易が「網易黒豚」、2018年にはアリクラウドがETブレインを養豚業に応用する試みを始めている。養豚業が人工知能によってアップデートされようとしている。

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▲京東農牧の神農システムの画面。個体識別をした上で、食事量、バイタルなどを管理し、疾病の兆候を検出したり、より商品価値を高める飼育法を提示する。