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登下校を自動記録するスマート制服。国内外でプライバシー議論

貴州省、広西省の11の小中学校でスマート制服が採用され、登下校時に校門を通過したことが自動記録されている。電子タグを利用したものだが、これが「トラッキングチップ入りの制服」と報道され、プライバシー議論が起きていると貴州都市報が報じた。

 

スマート制服で登下校を自動記録

貴州省貴陽市観山湖区遥大中学では、生徒たちの登下校管理システムが導入されている。校門に電子タグセンサーが設置され、生徒たちは校内に入るだけで、守衛室内のモニターには、校内に入った生徒の氏名などが表示され、音声でも読み上げられている。何時に入って、何時に出たかが、すべて生徒ごとに記録されていく。

遥大中学では、貴州冠宇科技が開発した「スマート制服」システムを導入している。生徒たちの制服の肩の部分は電子タグが埋め込まれ、これを感知して登下校記録を作っている。

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▲冠宇科技が開発をしたスマート制服。肩の部分に電子タグが入っているだけというシンプルなもの。これが、「生徒を常時監視している」として思わぬ非難を浴びることになってしまった。

 

電子タグを利用し、保護者には登下校時の動画も送信

このスマート制服は、貴州省、広西省の11の中学校、小学校で採用されている。登下校管理システムは、画像による顔認識と制服に埋め込まれた電子タグによって、誰が校門を出入りしたかを判別し、登下校時に10秒の動画が撮影され、教師や保護者のスマートフォンに自動送信される。万が一、授業中などに学校を出ようとした場合は、教師、保護者のスマホにプッシュ通知でアラートが送られるようになっている。

スマート制服は、見た目はジャージタイプのごく普通の制服だ。しかし、左右の肩部分に電子タグが入っている。この電子タグは洗濯などにも耐えることができ、洗濯機で200回洗濯しても破損しない。150度の高温にも耐えることができ、約3年の寿命がある。

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▲実際にスマート制服を着ている生徒たち。学校、保護者、生徒のいずれも、登下校時間を自動記録するシステムであり、プライバシーを侵害しているという感覚はなかった。

 

▲スマート制服を紹介したビデオ。冠宇科技では、「子どもたちの安全を守りたい」という純粋な気持ちから開発をしたが、世間から非難を浴びて困惑をしている。

 

海外メディアが「トラッキングチップ」制服だと報道

中国では、以前と比べれば激減したとは言え、子どもの誘拐、失踪事件を保護者は心配をしている。このスマート制服は、そのような教師、保護者の不安を解消するために開発をされたものだ。また、授業をサボる生徒の発見にも役立つ。

しかし、2018年12月にこの内容を英国のデイリーメールが「トラッキングチップをつけたAI制服」として、中国の監視社会という文脈で報道をした。この内容が中国国内にも伝えられ、にわかに全国で「生徒のプライバシーを侵害しているのではないか」という議論が起きた。

ネットでは炎上状態になった。スマート制服を開発した貴州冠宇科技は、学校向けの管理システムを開発する創業3年のスタートアップだが、悪意のある非難や誹謗中傷が相次ぎ、現在、公式サイトでは製品に関する詳細情報を削除している。

▲英国デイリーメールの報道。中国が監視社会であることと結びつけて、このスマート制服を「トラッキングチップ入り制服」として報道したため、中国国内でもプライバシー議論が起きている。

 

GPSユニットは保護者が申し込むオプション

問題は、海外の報道で「トラッキングチップ」という言葉が使われたため、GPSユニットが内蔵され、常時、生徒の位置を監視することができると誤解されたことだ。これが「やりすぎ」「生徒のプライバシーを侵害している」と非難の的になった。

しかし、このスマート制服には電子タグが内蔵されているだけで、GPSユニットは内蔵されていない。常時監視などできないのだ。貴州冠宇科技は将来の機能拡張として、GPSユニットを内蔵、または生徒の所有するスマホと連動して地図上で生徒の位置を常に把握できるというデモを展示会などで行っていて、これが誤解の元になっている。このGPSユニットは、有料オプションで、保護者が必要とする場合に装着され、追跡データは保護者のスマホのみに行われ、学校側は関知しない。

また、校門には防犯カメラも設置され、登下校の様子を撮影し、その動画を保護者のスマホに送信する他、顔認証も行われている。これも非難の的となった。しかし、この顔認証は補助的なもので、生徒たちが制服だけを友人に渡して、校門を通過したことにしてしまういたずらを防止するためのものだ。

12月末には、貴州冠宇科技は「スマート制服にはGPSユニットは搭載されてなく、生徒を常時監視する機能はない。監視が目的ではなく、生徒たちをリスクから守るためのシステムだ」という声明を発表し、スマート制服に対する正しい理解と、誤った情報の自主的な削除を求めたが、効果は薄く、現在でも「スマート制服は生徒を常時監視している」という誤った書き込みが行われている。

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▲実際にスマート制服を着ている生徒たち。学校、保護者、生徒のいずれも、登下校時間を自動記録するシステムであり、プライバシーを侵害しているという感覚はなかった。

 

困惑する学校と保護者と開発元。くすぶるプライバシー議論

スマート制服を採用した学校側も困惑している。遥大中学は2017年9月に開設した新設校で、現在7年生と8年生のみで、99名の生徒がいる。生徒の安全を確保するために、2017年11月からこのスマート制服を全生徒に導入している。

保護者からは好評で、プライバシーを心配する声はなかったという。「管理も簡単で、学校はより安全な場所になりました」。1年以上スマート制服を使用した遥大中学の李志雄校長は言う。

しかし、ネット民たちの言うことにも一理ある。なぜなら、企業だけでなく、学校でも内部の人間が収集した個人情報を闇サイトを通じて売ってしまうという事件が起きているからだ。2016年11月には安徽省の学生管理システムの管理責任者であった張某(女性)は、職務上、安徽省の学校学籍情報を扱える立場であることを利用し、1人1角(=0.1元)で4万人分の個人情報を販売して逮捕されている。

このスマート制服のプライバシー騒動は現在でもまだ続いている。