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小銭がなくて地下鉄に乗れない? キャッシュレス時代の歪みが起きている北京地下鉄

北京地下鉄の駅で、小銭がなくて困っている人が続出しているという不思議な現象が起きている。なぜこのキャッシュレス時代に小銭が必要なのか。複雑になる公共交通の決済方式に歪みが起きていると北京日報が報じた。

 

便利な交通カードは他の都市では使えない

中国の地下鉄に乗る方法は、大別して、「NFC交通カード」「スマホQRコード」「現金でチケット購入」の3つがある。

現金でチケット購入がもはや煩わしいというのは説明するまでもない。日本のSuicaと同じようなNFC交通カードも便利だが、問題は発行が都市ごとであり、他都市では使えないということだ。日本の交通カードのように統一、相互乗り入れされていないのだ。

そこで、他都市にも行くことが多い出張族などは、スマホQRコードを使うようになる。

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スマホ決済のアプリ内で乗車用QRコードを使うのが最も簡単。使う都市のカードを入れておくだけで、面倒な設定は必要ない。しかも、GPS情報から自分が今いる都市の乗車用QRコードが自動的に表示される。北京市はこの乗車用QRコードに対応せず、専用アプリのみ対応している。

 

専用アプリは設定が面倒

しかし、QRコードにも2種類の方法がある。ひとつはアリペイ、WeChatペイの乗車用QRコードを使う方法。決済アプリから、各都市の交通カードを簡単に開通でき、設定などは不要。乗車コードと呼ばれるQRコードが表示できるようになる。これで地下鉄やバスに乗車する。支払いは、アリペイ、WeChatペイから直接行われる。一度入れておけば、GPSなどの情報により、自分がいる場所の都市の乗車用QRコードが自動的に表示されるようになる。

もうひとつは、その都市専用の公共交通アプリをインストールする方法。設定方法の複雑さは都市によって異なるが、一般的には氏名などの個人情報を入力し、スマホ決済や銀行口座に紐付けを行う必要があるなど、手間がかかる。

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北京市QRコード乗車をするには、専用の「易通行」アプリを使うしか方法がない。セットアップがけっこう面倒。携帯電話番号を入力して、ショートメッセージで送られてくる検証コードを入力する。

 

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▲さらに開通をして、銀行口座がスマホ決済に紐付けを行わなければならない。セットアップが面倒だし、口座を紐づけたまま使わないままにしていると、ハッキングされてしまう恐れもある。

 

スマホ決済の乗車用QRコードなら、カードを入れておくだけ

専用アプリの場合でも、その都市の市民にとっては、設定の面倒さは大きな問題にはならない。しかし、旅行や出張にとっては数回しか利用しないのに、いちいちセットアップするのはわずらわしく感じる。また、使わないアプリに銀行口座などを紐づけたままにしておくのは、情報流出によるハッキングの恐れもある。

そこで、多くの旅行者、出張族が使うのが、スマホ決済のQRコードを使う方法だ。インストールする必要があるといっても一瞬で、しかもほとんどセットアップの手間はない。また、最近では、WeChatペイを運営するテンセントが200都市で利用できるNFC乗車決済カードミニプログラムを公開して、これであればセットアップ不要で、多くの都市でスマホをかざすだけで乗車できるようになる。

 

北京市は設定が面倒な専用アプリにしか対応していない

北京地下鉄の問題は、スマホ決済の乗車用QRコードには対応してなく、専用アプリしか利用できないということだ。このため、旅行者や出張族は、「1日乗車NFCカードを購入する」「面倒であっても、北京市の専用アプリをセットアップする」「現金でチケットを購入する」のいずれかの方法をとるしかない。

地下鉄やバスを使って、あちこちに移動するのであれば、1日カードを購入するか、専用アプリをセットアップするが、数回乗るだけで北京を離れてしまうという場合は、現金でチケットを買って乗車する人もけっこういる。

 

チケットを買おうにも小銭がない!

ところが、問題は、中国ではすでに現金を財布に入れて持ち歩く習慣が消えようとしていることだ。チケットを買いたくても現金そのものを持っていない。そこで、スマホ決済から10元を送金して、10元の現金を戻してもらう、現金化両替をしてほしいのだが、駅ではそのようなサービスは受け付けていない。

そこで多くの人が、駅構内にいる「携帯保護フィルム貼り」「花売り」「果物売り」などの個人業者にスマホ決済から送金をして、硬貨にしてもらう「現金化両替」を頼むことになる。

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▲駅構内にいるスマホの保護フィルム貼りなどの業者。この業者に、現金化両替を頼む人が多いが、業者もそもそも現金をそんなにたくさん持っていないため、両替を断られる。

 

個人業者も小銭を持っていない!

この個人業者に対する「両替」が頭の痛い問題になっている。北京日報の記者が地下鉄10号線の国貿駅(オフィス街)のC出口付近にる20の業者に「スマホ決済から硬貨への両替」を頼んでみたが、応じてくれたのは2つの業者だけだった。しかも、1元の両替手数料を要求された。

「たくさんの人が両替を頼んできます。商品を買ってくれるのは1日に7、8人なのに、両替を頼んでくる人は27、8人もいます。私も手元にそんなに多くの釣り銭を用意しているわけではありません。私は商売をしているのであって、両替をしているわけではないのですから」とある業者は語った。

またある業者は、商品を買う人にはサービスで両替もしているという。「ペットボトルの水などの商品を買ってくれた人には両替もします。ご理解ください。私たちはそんなにたくさんの釣り銭を用意するわけにはいかないのです」。

スマホ決済が普及をして、このような個人業者での買い物もほとんどがスマホ決済になっている。業者も以前と違って、釣り銭はほとんど用意をしていないのだ。

 

タバコ屋には両替希望者ばかりがやってくる

海淀黄庄駅近くのタバコ屋に取材をすると、店主は「店が地下鉄駅出口の近くで迷惑をしている」と言う。昨年あたりから、商品も買わずに両替だけをしてくれという客が増えているのだという。

しかも、手元に硬貨がなく、1元札、5元札、10元札といった小額紙幣しかない場合、折り跡のあるような古い紙幣ではなく、きれいな新札を要求される。チケットの自動販売機は多くが紙幣にも対応しているが、新札でないと吐き出されて使えないことが多いのだ。

商売にもならない、客でもない人のために、硬貨や新札を用意しておくことはできない。

 

各地方の既得権益者たちが阻んでいる利便性

北京市が専用アプリのQRコードにしか対応しない理由はよくわからない。ひとつは、アリペイ、WeChatペイの乗車用QRコードを使うと、手数料やネットワーク利用料が取られるためではないかと指摘する人もいる。専用アプリのQRコードであれば手数料は自分たちの収入になる。

中国の公共交通の決済手段が、チケット、交通カード、QRコードNFC、最近では顔認証決済と複雑化しているのは、NFC交通カードの計画が途中で頓挫してしまったことが大きい。

本来は、各都市でNFC交通カードのインフラを整えていった後、全国統一をして、どこのカードでもどこの都市ででも使えるようにする計画だった。ところが、これが利害関係の衝突によってほとんど進まず、不便さを感じた市民たちはどこの都市でも使えるスマホ決済の乗車用QRコードを使うようになった。

本来はNFC交通カードの全国統一→スマホNFC決済と進めばよかっただけなのだ。高速道路のETCでもまったく同じことが起きている。長距離移動の場合は、ETCで入っても、出るときは有人料金所で精算ということがけっこうある。

中国の公共交通決済テクノロジーは進歩していっているが、地方政府の既得権益者たちがその足を引っ張っているようだ。多くのネット民は、中国の首都である北京ですら、そのような要因があると感じていて、「中国の首都の公共交通として恥ずかしい状況」とコメントしている。