中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

人工知能が豚を育てるIoA。四川省の養豚場にET産業ブレインを導入

中国四川省宜浜市麻衣村の養豚場で、人工知能の導入が始まっている。センサーで豚の日常行動を監視し、人工知能が健康状態や栄養状態を把握し、品質の高い豚を出荷しようとする試みが始まっていると毎日人物が報じた。

 

人工知能が豚を育てる

このIoA(=Internet of Animals)とも言える試みは、養豚場を運営する徳康集団とアリクラウドの共同ブロジェクトで、アリクラウドが開発した人工知能「ET産業ブレイン」を養豚場に応用して、養豚業の効率化を図ろうというものだ。

しかし、アリクラウドのAIエンジニア、雷宗雄氏は最初に豚舎に入った時に、これは難しいと感じたという。「豚舎がこんなにフンだらけだとは知りませんでした。それにネット回線もきていない」。

さらに常に粉末化した飼料が空中を漂っっている。同行したチームのメンバーに鼻炎の人がいて、入るなり連続してくしゃみをし始め、ふらふらになって、母豚の上に倒れてしまったほどだという。

f:id:tamakino:20190212170709j:plain

▲豚舎の内部環境も改善された。当初は、粉塵化した飼料が漂っていたため、パソコンを持ち込むこともできなかった。

 

難しかったロボット導入

プロジェクトを共同で進めている徳康集団の技術総監督の蘇志鵬氏は、当初、ロボットの導入を考えていた。人間の代わりに、豚舎の中を巡回し、撮影をし、飼料を与え、掃除をする人工知能搭載ロボットの開発を考えていた。

しかし、実際の豚舎を初めて見て、その考えを捨てた。麻衣村の養豚場には8つの豚舎があり、外光を取り入れる窓はあるものの、倉庫のような閉鎖空間になっている。豚は幅60cm、長さ180cmのケージに収められ、向きを変えることはできない。この中で、飼料を食べ、排泄をし、一生を終える。狭い作業用通路は、豚のフンと飼料であふれている。しかも、天井の高さは2.2mしかない。この中で、ロボットを巡回させるのは不可能だし、ロボット内部の精密機器は粉塵化した飼料に汚染されてすぐに故障してしまうだろう。

f:id:tamakino:20190212170717j:plain

▲エンジニアも豚の世話をしなければならない。不慣れな作業に苦戦をするエンジニアたち。しかし、実際に豚に触れてみて気づくことも多い。

 

遅れている中国の養豚業

中国人は豚肉を食べるのが大好きだが、養豚業は遅れている。中国の養豚家の平均頭数は150頭前後で、海外の効率化した国では250頭と中国はまだ遅れている。母豚が1年に産む子豚の数もデンマークなどの養豚先進国では30頭を超えているのに、中国では20頭でしかない。アリクラウドと徳康集団の共同プロジェクトの目標は、この養豚場をデンマークなどの先進国並みの効率に高めることだ。

徳康集団のの蘇志鵬氏は、12年前から養豚場の近代化に携わってきたが、アリクラウド人工知能のデモを見て、これこそが養豚業の近代化を進める決め手になると直感した。

f:id:tamakino:20190212170724j:plain

▲近隣の壁には、アリクラウドETブレインの手書き広告も現れた。「スマート養豚はすごくいい。美しい娘はすぐに嫁入りできる」というもので、文化大革命時代以前に掲げられたていたスローガンをもじったもの。

 

大げんかになったエンジニアたち

しかし、アリクラウドと20名のエンジニアチームは現状を見て失望した。どこから手をつけていいのかわからない。エンジニアチームが麻衣村に到着した最初の晩、チーム内は大ゲンカになったという。人工知能を応用するにもデータを収集するデバイスが何もない。こんな不衛生なところで働くのも嫌だった。騙された、できるわけがない。エンジニアの誰もが弱音を吐いた。

しかし、数日間、徹夜の議論をして、ようやく突破口が見えてきた。養豚場の職員は毎日10時間働いているが、そのうちの1.5時間はデータ入力に費やされていた。豚の行動をすべて数値化して、手元のメモに記録をし、それをエクセルに入力していたのだ。しかし、その数値データはいずれも職員の主観に基づくものであり、数値データとしてはあまり意味のあるのものに思えなかった。

そこで、雷宗雄氏は天井にレールを設置して、カメラ、赤外線カメラ、レーダーなどのセンサー類を設置し、このセンサーが豚舎全体を常に巡回するようにした。これにより、すべての豚の心拍数、呼吸数、皮膚体温などの他、行動の映像が撮影できるようにした。

豚の識別は、背中に特殊塗料でID番号をプリントし、映像から豚の識別ができるようにした。人工知能の行動解析により、食事、睡眠などの行動時間がわかるようになり、さらに行動量から健康状態や病気も推測ができるようにした。

エンジニアチームは、このような行動解析をする17種類のプログラムの開発を始めた。

f:id:tamakino:20190212170706j:plain

▲アリクラウドのエンジニアチーム。養豚場に到着した日は、こんなところで働きたくないと大げんかになったという。

 

豚の育ち具合は尻を見ればわかる

麻衣村の養豚場にきて開発をすることにも意味があった。養豚場では「豚の健康状態は尻を見ればわかる」と言われている。尻の脂肪のつき方で、健康状態がわかり、おいしい肉になるかどうか、妊娠がうまくいっているかなどが、感覚的にわかるのだという。エンジニアチームはさっそく、得られた映像から豚の尻の形を人工知能に学習させるプログラムを開発し始めた。

f:id:tamakino:20190212170713j:plain

▲天井レールを巡回するセンサーから得られたデータ、画像を人工知能に処理させる。17種類プログラムが同時並行で開発されている。

 

期待されるIoAプロジェクト

このプロジェクトは、人手不足の問題も解決するのではないかと期待が高まっている。養豚場という劣悪な環境の中での仕事は若者から嫌われていて、若い新人がやってきてもすぐに辞めてしまう。

しかし、天井レールで巡回を自動化することで、職員の作業負担は大きく減った。特に養豚場の中での作業時間が半減をした。データを記録して、エクセルに入力する作業も不要になった。また、人工知能システムを導入したことで、養豚を科学的に考えることに興味を持つ若者が注目し始めている。

人工知能システムは、まだ開発中で、具体的な成果が出るところまでは到達していないが、蘇志鵬氏は大きな期待をしている。

センサーを天井レールで巡回させ、人工知能に処理をさせるという方式は、完成すれば、小さな設備投資で他の養豚場にも簡単に導入ができるようになる。中国の養豚業を根底から変えていくかもしれないと注目が集まり始めている。