中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

中国で広がるデポジット不要の動き

シェアリング自転車を利用するとき、ホテルに宿泊する時などは、あらかじめ一定額のデポジット料金を支払う必要がある。しかし、返金トラブルが相次ぎ、消費拡大の障害にもなっていることから、デポジット制度廃止の動きが広がっている。それを可能にしているのが、アリババの社会信用スコア「芝麻信用」だと浙江新聞が報じた。

 

与信情報という考え方が存在しなかったかつての中国

中国人には信用がない。これは中国人が信用できないという悪口ではなく、今まで中国は個人の与信情報を取ることが極めて難しかった。クレジットカードや借金をするときには審査がある。その人の返済能力を審査し、信用を与え、借入金の額を決める。

クレジットカードの場合、具体的にどのような与信情報を取っているかは、どのカード会社も明らかにはしていないが、一般には「過去に信用事故がないこと」「勤務先企業、金属年数などから推定した年収」が使われていると言われる。

日本の場合は、終身雇用ではなくなっているとは言うものの、勤続年数は比較的長い。また行政サービスが発達しているので、夜逃げをしても居場所が突き止めやすい。そのため、比較的簡単に与信情報が取れる。

しかし、中国では短期間で転職するのが当たり前。住民登録は地方政府単位で行われているので、他の都市に夜逃げをされたら居場所を突き止めるのは至難の技になる。そういう関係で、与信情報が得られず、中国ではクレジットカードがほとんど普及しなかった。

 

与信情報を必要としない決済方式が普及

その代わりに普及したのが、即時決済であるために与信情報を必要としないデビットカード銀聯カード」であり、アリペイ、WeChatペイなどのスマートフォン決済だった。

与信情報を必要としているのは、決済だけではない。例えばホテルに宿泊するとき、宿泊客が清算をせずに逃げてしまう危険性もあり、客室内の備品を壊してしまうこともある。それを防ぐため、中国のホテルでは2泊分程度に相当する額をあらかじめ預かるデポジットの習慣がある。チェックアウト時に過不足分を清算する。

またシェアリング自転車、シェアカーなどのシェアリング経済サービスでも、自転車などを持ち逃げ、破損する危険性があるので、入会時に自転車価格の半額程度をデポジットとして支払う必要がある。このデポジットは退会するときに返金される。

 

デポジット返金でトラブルが続出

理屈では、デポジットは返金されるのだから、何も問題はないのだが、現実には多くのトラブルを引き起こしている。例えば、ホテルでは、見に覚えのない「備品がなくなっている」「備品が破損している」現象が起きて、デポジットから引くかどうかでトラブルになる。シェアリング自転車では、サービス提供企業が倒産してしまいデポジットが戻ってこないなどのトラブルが起きている。

このようなトラブルが起きなくても、デポジットが消費を制限してしまっているのは明らかだ。ホテルの宿泊料は、ネット予約時に先払いをしているのが一般的になっているが、それでもホテルはデポジットを取る習慣をやめない。旅行客にしてみれば、余分にお金を持っていく必要があり、その分、旅先での消費が減ってしまう。

シェアリング自転車では、複数のサービスに加入したいということもあるが、その場合はすべてにデポジットを預けなくてはならない。退会すれば返ってくるとはいうものの、利用している間は返ってこない。3社のサービスに加入するぐらいなら、自分で自転車を買ってしまった方が安上がりなぐらいだ。

このデポジットのトラブルと負担が、消費を抑えてしまう要因になっていた。

f:id:tamakino:20180405140332j:plain

▲3月15日消費者の権利の日に、中央電視台で放送される特別番組「315晩会」。実名でさまざまな企業、製品の悪質ぶりがバッサバッサと斬られる人気番組。デポジットによるトラブルも取り上げられた。

 

シェアリング自転車で広がるデポジット制度廃止の動き

今年3月21日、全国でシェアリング自転車サービスを提供しているHello Bikeは、芝麻信用による社会信用スコアが650点以上の人と大学生は、デポジットを無料にすると発表した。

Hello Bikeでは、昨年9月から20の都市で、デポジット無料の施策を進めていて、デポジットが無料になった利用者はすでに1500万人、デポジット総額は29.8億元(約505億円)に達しているが、新規ユーザー数は70%も増えたという。デポジットを取らない代わりに、悪質な利用者に対しては、アカウント凍結という手段を取ることにした。禁止地域に駐輪する、意図的に自転車を破損する、重大な交通法規違反をするなどをした会員は、アカウントを凍結する。それでも、過去に凍結したアカウントは480名にすぎず、その損害金は小さなもので、デポジット制度を廃止しても、経営的には問題ないと判断した。今回の発表は、この20都市での施策を全国に広げたものだ。

この動きに、他のシェアリング自転車サービスofo、bluegogoなども追従する動きを見せている。

f:id:tamakino:20180405140335j:plain

▲いち早くデポジット制度を廃止したHello Bike。利用者から預かっているデポジット学は500億円を超えていた。

 

社会信用スコア「芝麻信用」が中国人に与信情報を与えた

社会信用スコアとして利用している芝麻信用は、スマホ決済「アリペイ」の利用履歴から、利用者の信用度をスコア化したもの。支払い履歴だけでなく、SNS上の交友関係、サービスの利用状況なども加味される。今まで、与信情報が取りづらかった中国で、与信情報の基礎となるサービスが誕生して、デポジット不要だけでなく、消費者金融や長期ローンなどにも利用されるようになっている。

この芝麻信用の得点が高いと、デポジットを不要にするホテルも増えている。また、行政も積極的に参加していて、一定スコア以上になると、海外旅行ビザの申請を簡素化したり、専用の出国ゲートを利用できるなどとの特典を与えている。

f:id:tamakino:20180405140338j:plain

▲川に捨てられたシェアリング自転車。こういうことのためにデポジット制度があったが、Hello Bikeによると悪質なケースはきわめて少ないという。

 

収入ではなく、支出で算出する与信情報

中国人は、企業に勤めていても、サイドビジネスをしている人が相当数に上る。というより、ほとんどの人がサイドビジネスで儲けたり、損をしたりしている。また、条件のいい勤め口があれば、すぐに転職する。このような事情から、その人の収入を正確に把握するのはなかなか難しい。しかし、現在、ほとんどの支払いをスマホ決済でするようになっているので、その人の支出を把握することは、アリペイを運営しているアリババにとっては簡単なことだ。長期の支出動向を見ることで、その人の経済力もかなり正確に把握することができる。

信用のない中国人から、信用が点数でわかる中国人になろうとしている。特に、与信情報を必要とするシェアリング経済、レンタル経済(ホテルも部屋の一時的シェアリング)にとって、この芝麻信用は、消費拡大の大きな起爆剤になる可能性がある。