中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

アニメ制作のビジネスモデルを変えた「食神魂」

中国で、ネットで無料で視聴できるグルメアニメ「食神魂」が、累計再生回数1.2億回というヒットになっている。内容についても話題になっているが、もうひとつの大きな話題が「どうやってマネタイズしているの?」というもの。「アニメを作り続けたい」という情熱を持った学生たちが、試行錯誤をしながら、新しいアニメのビジネスモデルを構築したと鉛筆道が報じた。

 

先にマネタイズを考えるアニメ制作、後から考えるITスタートアップ

アニメ制作は、いくらデジタル化をしたところで、膨大な人手がかかることは変わらず、莫大な制作費が必要となる。しかも、公開前に資金が必要となるので、この手当をどうするかという現実的な問題が立ち塞がる。

結局、テレビ放映を前提にした制作、あるいは企業の意向に沿ったアニメ制作をしてその企業のプロモーションに利用するといった「下請け制作」の枠を超えることができない。

一方で、IT系のスタートアップは、先にアプリなりサービスなりを構築して、それからマネタイズを考える。アプリやサービスは、アイディア次第では、アニメ制作に比べれば圧倒的な少人数で制作できるため、わずかなシード資金さえあれば、後からマネタイズをすることを期待して、挑戦することができるのだ。

重力聿画のCEO、朱宇辰(しゅ・うしん)氏は、このITスタートアップの感覚をアニメ制作に持ち込んだ。

f:id:tamakino:20170828100902j:plain

▲「食神魂」は料理の神「伊尹」が、主人公の炎小浪を助け、料理人との対決をしていくというバトル要素のあるグルメアニメ。登場する料理は、すべて提携レストランで提供されている料理。

 

お金がなくてもアニメを作り続けたい!

2016年2月、北京電影学院で動画製作で修士課程の卒業が目前に迫っていた朱宇辰氏は、卒業後も自分たちが作りたいアニメ制作をしたいと考えていた。そこで、同じ学生仲間と「892工作室」を設立、アニメ制作に乗り出した。

先に自分たちが作りたいアニメを制作して、それを持って、放送局に売り込みに行き、同時にネットで販売をするつもりだったが、まったくの失敗だった。無名の学生たちが作ったアニメなど、放送局は買ってくれないし、ネットでも知名度がなければ誰も買ってくれないのだ。

そこで、次に「八九不離2」というコメディアニメを制作して、動画共有サイトに公開、高い評価を受けた。しかし、それだけだった。大人向けの際どいギャグや皮肉、パロディがふんだんに含まれているアニメであったため、放送局と交渉をしても「放送には不向き」と言われてしまい、マネタイズはまったくできなかった。


八九不离2 萌宠靠脸吃人助力计划生育

▲892工作室時代に制作した「八九不離2」。ネットで無料公開をして、高い評価を受けたが、マネタイズはほとんどできなかった。アニメ制作を続けるために、ここからさまざまな工夫をしていくことになった。

 

投資家を募っても、アニメ制作には出資してくれない

オリジナルアニメを作りたい、でもマネタイズができない。この矛盾をどうしたら解消できるか、朱宇辰氏は徹底的に考え抜いた。

その時、目に留まったのがITスタートアップだった。彼らは、最初から投資資金を得て、アプリやサービスを構築する。アニメ制作もスタートアップと同じやり方で投資資金を得られないかと考えたのだ。

こうして、2016年6月に「重力聿画」を設立して、アニメ企画書を持って、投資家の間を駆け回った。しかし、少額のシードラウンド資金であればともかく、アニメ制作に必要な大型投資をしてくれる投資家は皆無だった。

朱宇辰CEOは、投資家の言葉に納得をした。「将来利益が得られると思うから投資をするのだ。まだできあがってもいないアニメが将来売れるかどうかは判断ができない」というものだ。もちろん、アニメがヒットをすれば、テレビ放映、映画化、グッズ制作と展開していくことで莫大な利益を得ることができる。しかし、それはあくまでもヒットをしたらの話だ。

投資家は「ヒットするかどうかを見極めたいから、先にアニメを見せてくれ」と言う。しかし、朱宇辰CEOにしてみれば「資金がなければアニメ制作はできないので、先に投資をしてくれ」と言いたくなる。この矛盾がどうしても解決できない。

f:id:tamakino:20170828101038j:plain

▲重力聿画のスタッフ。中央が朱宇辰CEO。社員数11人、制作スタッフは7人という小さなアニメスタジオだ。テレビ放送、映画といった既存メディアに頼らず、アニメを制作し続けている。

 

グルメなら、アニメそのものが広告媒体となる

この矛盾を解決する突破口となったのが、グルメアニメの持つポテンシャルだった。グルメアニメは、見ていると、その料理が食べたくなる力を持っている。食事が終わってすぐに見ても、なぜかお腹が空いてくるのだ。この不思議なポテンシャルを利用しない手はない。

しかも、グルメアニメは、2005年に日本の「中華一番」が輸入放映されたぐらいで、なぜか手付かずの状態にあった。

そこで、実在のレストランが提供している料理を中心にしたアニメを制作することにした。レストランと交渉し、「そちらの料理をアニメ内に登場させるので、資金を提供してほしい」と交渉したのだ。

これがうまくいった。北京市内の三様菜、辣家私厨など5つのレストランが資金を提供してくれた。

f:id:tamakino:20170828101202p:plain

▲「食神魂」は、二次元っぽさを強調した作画スタイルだが、料理だけはリアルに描いている。そのギャップで、より食欲を刺激するようになっている。

 

レストランとコラボすることで制作が始まった

この「食神魂」には、毎回実在の料理が登場し、その料理を中心にストーリーが展開する。料理の神である伊尹(いいん)が、人間である主人公の炎小浪が料理の世界を学ぶのを手助けし、炎小浪は毎回、料理人との対決を経て、成長をしていく。

作画上、特に気を使ったのが料理の表現だ。「食神魂」では、キャラクターや背景はあえて二次元的な表現で描かれている(これが彼らのアニメの元々の作風)だが、料理だけは超リアルに描かれ、食欲をそそるようにできている。

資金を提供してくれたレストランでは、広告などに「食神魂」のキャラクターを自由に使うことができ、宣伝広告に利用することができる。辣家私厨では、全国150店舗のランチョンマットに「食神魂」を描き、「食神魂」ファンがそのランチョンマット欲しさに訪れ、客数も大幅に増加している。

さらに、ストーリーでは、その料理にまつわる故事、由来などにも触れ、ただのバトルアニメではなく、料理のうんちくも学べるようになっている。

f:id:tamakino:20170828101240j:plain

▲提携レストランでは、「食神魂」のキャラクターなどを、店内で使用することができる。「食神魂」に人気が出ると、この紙製ランチョンマットを持ち帰る客が急増した。

 

すべての目的は、「レストランにお客を呼ぶ」こと

このような仕掛けをして、2016年9月に第1話が完成し、29の動画共有サイトで無料公開をしたところ、反響は予想以上に大きいものだった。「腹が減る!」という狙い通りの感想の他、思いの外、ストーリーやキャラクターにも人気が出て、話題作となり、すでに累計で1.2億回の再生がされている。

朱宇辰CEOは、すべての施策を「提携レストランに客を呼ぶ」という考え方に基づいて行っている。例えば、「食神魂」の人気が出ると、すぐに同人サイトなどでパロディ作品が無数に登場してきた。本来なら権利侵害であり、やめさせなければならない。キャラクターなどのIPの価値が低下してしまうからだ。

しかし、朱宇辰CEOは、そのようなサイトにひとつひとつ丁寧に連絡を取り、「使用許諾を与えるので、提携レストランの優待券を掲載してほしい」と交渉した。これは同人サイトにとっても願ったり叶ったりの話だ。公式の許諾が得られ、しかも優待券目当てにアクセス数が上がることも期待できる。

そのような同人サイトが増えていけば、世の中に「食神魂が流行っている」感が生まれ、なおかつ優待券を使って、提携レストランの客も増える。すべての対応を「自分たちの権利を守るため」ではなく、“自分たちのアニメを守るため”協賛してくれるレストランにいかにお客を呼び込むかで考えていった。


食神魂 第1季 第1集 美食白痴炎小浪

▲ネットで無料公開されている「食神魂」。実在のレストランの料理を扱うことで、制作費を捻出している。ITスタートアップの手法に学んで、新しいアニメ制作ビジネスモデルを構築しようとしている。

 

第1シーズンの成功で、投資家たちの見方も変わった

「食神魂」第1シーンズンは成功し、現在第2シーズンの制作に入っている。すでに6つのレストランと提携し、提携料収入は200万元(約3200万円)に達している。まだ充分な額とは言えないが、制作スタッフがたった7人の重力聿画がアニメ制作を続ける資金は確保できた。

さらに、この様子をみて、投資家たちの風向きも変わり、エンジェルラウンドの投資も順調であるという(額については非公開)。

第2シーズンでは、さらに収益を拡大するための仕掛けを打っている。提携レストランと協力をして、実在しない「黄金真珠蟹」などの架空の料理を登場させている。もちろん、いずれかのタイミングかで、提携レストランのメニューになる。また、料理界の著名なシェフを実名で登場させたり、キャラクターグッズや食器、キッチングッズなどの販売も計画するなど、第2シーズンで、重力聿画を誰もが投資をしたくなる企業に育てる計画だ。

f:id:tamakino:20170828101500p:plain

▲第2シーズンでは、実在しない「黄金真珠蟹」などの料理が登場する。アニメーターが想像で考えたのではなく、提携レストランのシェフの監修の元に考案された料理で、いずれかのタイミングで、提携レストランにこの料理が登場することになる。

 

値段がつかないコンテンツから、お金を生み出す

中国では、音楽、小説、動画といったあらゆるコンテンツに値段がつかない。いくら取り締まりを行っても、違法配信されて、無料で楽しまれてしまうからだ。その環境の中で、コンテンツメーカーはそれぞれに新しいマネタイズ方法を考案しなければならなくなっている。

重力聿画が築き上げた仕組みは、アニメ制作の新しいビジネスモデルとして注目されている。重力聿画が中国のアニメビジネスを変えてしまうきっかけになるかもしれない。