中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

規模は小さくても、100都市、200万台。中国自転車ライドシェアに強力な伏兵

中国では自転車ライドシェアの起業が盛んだ。複数都市に展開をするライドシェアサービスだけでも20社近くがひしめき、競争は熾烈になっている。その中で、確固たる地位を築いたのが、ofoとMobikeの2強だ。一方で、わずか200人の企業で、100都市、200万台を投入しているhellobikeが話題になっている。hellobikeは、賢い戦略で急成長し、IT系スタートアップのお手本のような企業として注目されていると、中国起業家雑誌が報じた。

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▲自転車ライドシェアの意外な伏兵hellobike。あえて小都市をカバーすることで成長してきた。最近では、観光の足としても利用されている。

 

自転車ライドシェアの起業数は20を超える

中国では、2015年から、自転車ライドシェアの起業が続いている。GPSを搭載したシェア自転車で、スマートフォンアプリで近くの空き自転車を検索、電子錠をBluetooth経由で開錠して、料金は利用時間に応じてアリペイなどで自動精算。自転車を駐車していい場所であれば、どこでも乗り捨てられるという手軽さが受け、大手のofo、Mobikeは登録者が2000万人を超えている。

中国は、街の1ブロックが大きく、地下鉄の駅間も長い。そのため、地下鉄利用を基本に行動すると、目的地まで15分以上歩くのはごく普通だ。マイカーを運転していくと、今度は駐車場の確保と、渋滞に悩まされる。さらには、大気汚染の問題もある。このような事情から、低料金で利用できる自転車ライドシェアが急速に普及した。

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▲主な自転車ライドシェア企業。成長が見込まれる産業であるだけに、投資も集まりやすい。一方で、すでに市場から退場する企業も現れ始めている。

 

淘汰再編が始まった自転車ライドシェア業界

そして2年。すでに淘汰が始まっている。6月13日には、悟空単車がサービスを停止した。悟空単車は重慶市を拠点にサービスを始め、他都市に展開しようとしていた。重慶は、人口が2800万人という超巨大都市だが、長江の3つの支流が合流する場所に位置し、中心部は河岸から急峻な斜面にあるという“坂の街”だ。

つまり、自転車には向かない都市で、多くの市民はバスなどの公共交通か、自動車、電動バイクに依存している。さらに、悟空単車はGPSを搭載していないため、利用者が空き自転車の場所を検索することができない。それだけでなく、悟空単車自身も自社の自転車がどこにあるのかが把握できない。90%の自転車の位置が把握できず、利用率が上がらない上に、市民からは放置自転車が邪魔だと不満が上がっていた。管理が手薄いことから、盗難、破壊、投棄も頻発した。

6月21日には、3Vbikeがサービスを停止した。悟空単車と同じように、管理が雑であったため、ほとんどすべての自転車が行方不明になるという有様で、サービスの継続が難しくなったと判断したようだ。

つまり、初期のマーケティング戦略が間違っていた、サービス開始後に適切な施策を打たなかったという、あまりにも典型的な失敗だった。

 

成功と失敗を繰り返した起業家、楊磊

ofoとMobikeは、この点、うまくやっている。人口の多い一級都市からサービスを始め、利用者には信用ポイントを付与し、自転車を丁寧に扱うように誘導している。地方政府と協議し、駐輪場所を定め、放置自転車を回収する市民ボランティアを組織するなど、サービスの拡大だけではなく、市民生活に溶け込む努力をしている。

しかし、この2強とはまったく違った戦略で、急成長しているスタートアップがある。それがhellobikeだ。

hellobikeは社員数わずか200人。それで、100都市に200万台の自転車を投入している。カバー都市数、投入台数ではofo、Mobikeを圧倒している。しかも、一台あたりの1日の営業コストは0.3元と驚異的に低く、売り上げはさほど大きくなくても、利益率は相当に高いと推測されている。なぜ、hellobikeは急成長できたのか。

創設者の楊磊(よう・らい)CEOは今年29歳で、中国のスタートアップ経営者としては決して若くはない。2013年に自動車運転代行のスタートアップを始めて、わずか1年で、200都市に展開、社員数は600人に成長し、業界第2位の地位を占めるまでになった。

しかし、システムの大幅改良を当時のCTOに任せたところ、突如、システムダウンし、アプリからサービスの申し込みができない状態になった。営業できない状態が1週間半続き、回復をしても、逃げた客と信用は戻らず、業績は急降下した。

2015年7月、業績が安定をすると、楊磊はCEOを辞職して、米国に行きFacebookなどを視察した。帰国後、アプリで近くの空き駐車場が検索できて、そのまま予約ができるという「車鑰匙」というスタートアップを始めた。利用者からの評判はよかったが、事業の拡大に比例して社員を増やさなければならず、すぐに社員数は200人に膨れ上がってしまった。楊磊CEOの脳裏に、以前の大失敗が蘇った。社員数が多くなると、一人ですべての業務を把握することが難しくなり、そこに大失敗の入り込む隙が生まれる。

楊磊CEOは、今のビジネスを捨てても、少ない社員数で成長していける新しいビジネスを模索するようになる。

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知名度は低いhellobikeだが、提供都市数、投入台数では、ofo、Mobikeの2強を圧倒している。いよいよhellobikeの大都市への侵攻が始まろうとしている。

 

少数精鋭で、狙うのはブルーオーシャン

2016年になって、楊磊CEOは駐車場マッチング事業を売却し、リストラを行い、社員数を40人まで減らした。そして、自転車ライドシェア事業に目標を定めた。

新事業を行うにあたって、楊磊CEOは、過去の失敗から、いくつかの原則を自分の中で定めた。

  1. 社員数は可能な限り増やさない:社員数が増えると、社内の管理をすることに時間が取られてしまい、事業に集中できなくなる。
  2. 徹底的にコストダウンし、利用料金を安くする。しかし、品質は下げない:答えは徹底したITシステムによる管理だ。最高のバックヤードシステムを構築することが最も重要だと考えた。
  3. 徹底してブルーオーシャン市場を狙う:ホットな市場で、ライバルと戦うのは面白いし、やりがいはある。しかし、それは事業の本質ではない。競争を避けて、空いている市場で、良質のサービスを構築することに集中する。ライバルと戦うのは、その後でいい。
  4. 可能な限り、現場で働く:変化の激しいこの時代に、豪華な執務室にこもっていたのでは、すぐに消費者の感覚がわからなくなってしまう。可能な限り、現場に出て、消費者の感覚を肌で知る必要がある。楊磊CEOは、今でも、街に出て自転車の回収作業や、修理作業をしている。

 

農村から地方を包囲する。毛沢東の戦略で急成長

hellobikeの本社は上海にある。だとしたら、上海からサービスを始めるのが自然だ。しかし、楊磊CEOは上海を見送った。すでに競争が激化して、レッドオーシャンになっているからだ。次に候補に上がったのが北京だった。楊磊CEOはこれも見送った。北方は、気温が零下になる季節が4ヶ月もあり、自転車に乗るには向かない場所だと考えたからだ。

では、どこからサービスを始めるのか。楊磊CEOが出してきたアイディアに、社員はみな驚いた。楊磊CEOは、毛沢東がかつて国民党軍と戦った戦術「農村から都市を包囲する」を採用した。つまり、大都市ではなく、小さな都市からカバーしていこうというのだ。

これにはさまざまなメリットがあった。

  1. 利用時間が圧倒的に長い:大都市ではそれなりに公共交通が発達しているので、自転車の利用は「最後の1km」と言われ、15分程度の利用が多い。しかし、小都市では公共交通が未発達なので、自転車に乗る時間が長くなる。実際に60分前後の利用が多い。稼働率が圧倒的に高くなる。
  2. 地方政府、地元市民の理解を得やすい:自転車ライドシェアは大都市では摩擦も多い。放置自転車に対して市民からクレームも数多く出ている。一方、地方政府は公共交通の不足に悩んでいるので、hellobikeを歓迎し、積極的に駐輪場を整備してくれる。市民コミュニティーもしっかりしていて、放置自転車を回収するボランティアも組織しやすい。
  3. 小都市の潜在消費力は小さくない:多くの自転車ライドシェアが消費力の大きい大都市からカバーしていこうとする。しかし、30分1元という低価格であれば、所得の低い小都市であっても、高い価格ではない。それどころか、公共交通の発達していない小都市の方がはるかに総需要は大きい。
  4. 小都市の重要産業は観光である:産業規模の小さな小都市は、観光産業が収益の大きな柱になっている。つまり、大都市からの観光客にhellobikeを利用してもらえる。小都市でhellobikeを使ってもらい、名前を知ってもらえれば、大都市に進出する足がかりとなる。

こうして、小都市をカバーすることで、大都市を包囲し、最後に大都市を攻略しようというのだ。

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▲ある研究機関が発表した自転車ライドシェアの需要予測。実は、一級都市ではなく、三、四級都市の方が総需要は大きい。都市数が多いからだ。効率的な管理運営システムが構築できれば、最も需要の大きな三、四級都市への展開ができるはず。hellobikeはそれを実践して、急成長してきた。

 

大都市で、地方都市で始まるhellobikeとの競争

hellobikeは、観光都市蘇州からサービスを開始し、寧波などの南方の小都市を中心にサービスを展開していった。今年の7月には、地方小都市ばかり100都市に展開をし、投入車両は200万台を超えた。提供都市数、車両数ではNo.1の自転車ライドシェア企業になったのだ。

楊磊CEOは言う。「現在、1台あたりの1日の営業コストは0.3元ですが、これを0.1元まで下げる努力をしています。現在の社員数は200人ですが、サービスを拡大しても、社員数を増やす予定はありません。今のシステムなら、200万台を管理するのも1000万台を管理するのも同じ程度の手間で可能です」。

ofo、Mobikeといった大手は、大都市のカバーをほぼ終わり、次の市場を求めて地方都市への展開を始めている。ここでhellobikeとぶつかることになる。「まったく怖くありません。ライバルはサービスの拡大しか考えていないからです。大量の自転車を投入しても、それをどう効率的に管理するか、その管理を行うITシステムをどのように改善していくのかは、あまり考えていないように見えます」。

楊磊CEOは、週に何回か、夕方に仕事を終えると、蘇州や杭州といったサービス地域に出かけていく。着くのは夜中になってしまう。そこでhellobikeの自転車を1台1台点検して回る。「hellobikeはまだ60点です。まだまだシステムを改善していかなければなりません。自分で自転車を点検することで、改善すべき点が見てくるのです」。

中国自転車ライドシェアは、ofo、Mobikeの2強で市場が形成されるに見えたが、強力な伏兵が地方から侵攻してくる。