中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

デジタル人民元の仕組みとその狙い

まぐまぐ!」でメルマガ「知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード」を発行しています。

明日、vol. 046が発行になります。

中国では、アリペイとWeChatペイのスマホ決済が広く普及をしていることはみなさんよくご存じだと思います。都市部では、現金を使っているのは、よほどの地方から出てきた人か、外国人というのが相場です。すでに、現金の受取りを拒む商店もあるほどです。法律によって、現金決済を拒むことはできないのですが、「お釣りがない」と言うのです。もはや現金は、どちらかというと扱うのが煩わしい決済ツールになり始めています。

それどころか、今年2020年10月12日から、深セン市で、デジタル人民元の利用実験が行われました。深セン市に居住する人の中の希望者5万人に、200元ずつのデジタル人民元を配布し、協力をした3389の商店などで利用できるというものです。深セン市民の2.6%の人がこの実験に参加したことになります。

 

デジタル人民元を使うには、スマートフォンに専用のウォレットアプリをダウンロードします。

このウォレットがなかなかよくできています。開くと残高が表示され、上にスワイプで支払い、下にスワイプスすると受け取りです。NFCにも対応をしているので、コンタクトレス決済(タッチ決済)が可能ですが、今回の実験では商店の多くのPOSレジがNFCに対応をしていないため、QRコードが多く使われました。レジで上にスワイプしてQRコードを表示し、それをスキャンしてもらうと支払い完了です。スマホ決済と基本的には同じ使い方なので、戸惑う人はほとんどいなかったそうです。

この実験で配布された200元は、銀行口座に入れることはできず、他人に送金することもできず、さらに1週間の実験期間が終了すると、残高は回収されてしまうということもあって、ほとんどが消費されたようです。

結果としては、4万7573人が200元を受け取り、876.4万元が消費されました。計算上配布された金額は951.46万元となるので、消費率は92.11%になります。また、追加でチャージされた金額も90.1万元に上りました。

利用されたのは「飲食」「地下鉄」「ガソリンスタンド」「スーパー・百貨店」が主なものだったそうです。

 

ところで、こんな素朴な疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。中国ではすでにアリペイとWeChatペイというスマホ決済が普及をしているのに、わざわざデジタル人民元を始める必要はないのではないか。決済手段を増やしても混乱をするか、あるいはすでにスマホ決済に慣れている人が使わず、普及しないのではにないかという疑問です。

同じ疑問は、中国でも多くの人が感じているようで、ネットでは同じような質問、疑問がたくさんあがっています。

しかし、デジタル人民元スマホ決済ではありません。お金そのものです。一方、アリペイ、WeChatペイはお金ではなく財布にすぎません。なので、当面は、デジタル人民元専用のウォレットアプリを使ってデジタル人民元を使い、併用してスマホ決済を使うことになりますが、そう遠くない段階で、デジタル人民元から直接スマホ決済にチャージできるようになるでしょう。そして将来的には、スマホ決済が直接デジタル人民元を扱えるようになっていきます。

デジタル人民元は、ただのデータであるので、財布がないと持つことも使うこともできません。そのため、今回の運用実験では簡単な「ウォレットアプリ」も公開されました。運用実験に参加した人は、この財布アプリをインストールし、その中にデジタル人民元を入れて使いました。そのため、一見、スマホ決済とまったく同じように見えてしまったわけです。しかし、デジタル人民元はあくまでも中身の「お金」であることが本質です。

f:id:tamakino:20201113135012p:plain



▲現金、デジタル人民元スマホ決済の比較。今後は、お財布であるスマホ決済とお金であるデジタル人民元をどう連携させていくかが鍵になる。

 

デジタル人民元のウォレットは、アプリだけではありません。ハードウェアウォレットもすでに登場しています。人民銀行では5種類のハードウェアウォレットを想定しています。

ひとつはブルートゥースICカードと通常のICカードのカード形態です。ブルートゥースICカードは、スマホと通信ができ、スマホアプリから残高を表示したり、決済操作をすることができます。また、通常のICカードは商店のカードリーダーや支払い機に挿入またはタッチをして、決済をします。

さらに、スマホ向けにeSE、SDカード、SIMカードのハードウェアウォレットが考えられています。eSEというのは内蔵型セキュアエレメントの略で、スマホチップの中に専用のデジタル人民元用のチップが搭載されるというものです。ファーウェイのmate 40が、すでにデジタル人民元のeSEを搭載しています。

 

ハードウェアウォレットの利点は安全性です。スマホ決済「アリペイ」「WeChatペイ」はソフトウェアウォレットなので、どこからでもアクセスできてしまう危険性があります。そのため、アクセスするにはパスワードや二要素認証などさまざまな手続きが必要になります。

ハードウェアウォレットは、現物を目の前にしないとアクセスできません。きちんと保管をしておけば、知らない間に残高だけ抜き取られるという危険性はあり得ません。もちろん、紛失する、盗まれるという危険性はありますが、セキュリティ対策の考え方が、パスワードとか暗号化という普通の人に馴染みのないものではなく、財布を肌身離さず持っておくという現金感覚に近いものになります。

また、スマートフォンを機種変更した時、ソフトウェアウォレットの移行はやっかいです。パスワードがわからなくなっていたりすると、うっかりすると、残高を永遠に移すことができなくなってしまいます。ハードウェアウォレットの場合は、古い財布から新しい財布に送金をすれば作業が終わります。ここも、新しい財布を買った時に、財布の中身を入れ替える感覚です。ハードウェアウォレットは、現金感覚に近く、理解しやすいという利点があります。

最終的には、多くの人がスマホ用のハードウェアウォレットを使うことになっていくでしょう。

 

では、スマホ決済は必要なくなるのでしょうか。そんなことはありません。機能の豊富な財布として使われ続けます。

例えば、アリペイでは、自動的に投資ができる余額宝(ユアバオ)や、クレジットカードのリボ払い的な機能を実現する花唄(ホワベイ)、決済履歴から信用度を算出する信用スコア「芝麻信用」(ジーマクレジット)などの機能があります。さらに、アリペイの中からタクシーを呼んだり、ECで買い物をしたり、フードデリバリーを注文することもできます。財布としてさまざまなことができるようになっています。

一方で、デジタル人民元は中身のお金なので、利便性はお財布しだいです。

 

デジタル人民元には、ブロックチェーン関連技術が多数使われています。そのため、次のような4つの特徴があります。

1:銀行口座とのゆるい結びつき:デジタル人民元自体は銀行口座がなくても、なんらかのお財布があれば利用できます。銀行口座もお財布のひとつになっていきます。そのため、中国の銀行口座を持てない人や持ちづらい外国人旅行者も簡単にデジタル人民元を使えるようになります。

2:制御可能な匿名性:ブロックチェーン関連技術を使うので、原則匿名性になります。ただし、人民銀行は誰がどのお金を持っているかわかるようにするそうで、完全分散型管理ではなく、中央集中管理と分散管理を接木するような管理体制となり、テロ資金、マネーロンダリング、脱税などの不法行為が捕捉できるようにします。

3:財布の最大額の制限:お財布に入れられるデジタル人民元の額には何らかの制限を設けるようです。マネーロンダリング防止のためで、身分証、銀行カードなどの個人情報を財布に紐付けると制限額が上がっていく仕組みです。また、銀行へ出向いて送金、引き出しをする場合は、対面で身分確認をした上で、金額が無制限になります。

4:オフライン決済:送金側、受取側ともにネット接続がない場合でもピアツーピア接続で決済ができます。スマホ決済では、片方がオフラインでも決済ができますが、両方がオフラインの場合は決済ができません。これにより、地下や山中など通信環境が悪い場所でも決済ができるようになります。

 

デジタル人民元ブロックチェーン関連技術が使われていといっても、この4つの特徴を見ると、馴染みのあるビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)とは趣が違っています。特に「制御可能な匿名性」とか「分散ではない、一部中央集中管理」というあたりに違和感を感じられる人も多いかと思います。

デジタル人民元ブロックチェーン関連技術が使われていると言われる所以は、通貨の管理にUTXO(Unspent Trasaction Output、未使用トランザクション出力)と呼ばれる仕組みを利用しているからです。これはビットコインなどの管理方法と同じです。

まず、このUTXOがどんな仕組みのものであるかご紹介します。すると、従来の銀行口座やスマホ決済とはかなり違ったものであることがはっきりとわかるようになると思います。

なお、デジタル人民元のことはDC/EP(Digital Currency Electronic Payment=デジタル通貨/電子決済)という略称で呼ばれることもあります。また、アリペイやWeChatペイなどのスマホ決済は、デジタル人民元と対比して語るときは「第三方支払ウォレット」と呼ばれることがあります。第三方とは人民銀行(中央銀行)、民間銀行に次ぐサードパーティーである民間企業が運営するという意味で、また、スマホ決済は通貨ではなく、財布にすぎないことを明確にするために、わざわざウォレット(財布)という言葉をつけます。

今回は、デジタル人民元についてご紹介します。

 

続きはメルマガでお読みいただけます。

 

毎週月曜日発行で、月額は税込み550円となりますが、最初の月は無料です。月の途中で購読登録をしても、その月のメルマガすべてが届きます。無料期間だけでもお試しください。

 

今月発行したのは、以下のメルマガです。

vol.044:貧困を撲滅するタオバオ村の成功例と失敗例

vol.045:SARS禍で生まれたEC。SARSで成長したアリババと京東

 

登録はこちらから。

https://www.mag2.com/m/0001690218.html

 

 

北京で始まったクラウド診療室。遠方の患者の通院負担を大きく軽減

北京市の首都小児科研究院附属小児科病院にクラウド診療室が設置された。14人の医師が待機をし、リモート診療を行う。リモート診療は、退院をした遠方の患者の通院負担を大きく減らしていると人民健康網が報じた。

 

退院後の通院に活用されるリモート診療

コロナ禍をきっかけにリモート診療が急速に拡大している。北京市の首都小児科研究院附属小児科病院では、WeChatミニプログラム「首都小児科研究院+」を今年の6月から公開し、リモート診療を行っている。

山西省に住む何さんは、子どもが川崎病になり、治療をするために定評のある首都小児科研究院附属病院に入院をさせた。退院はしたが、3ヶ月間、定期的に診察を受け、薬を処方してもらう必要があった。しかし、山西省から北京までは600kmほどある。列車に乗っても1泊コースだ。

そこで、看護師の勧めもあり、リモート診療を受けることにした。

f:id:tamakino:20201107104655j:plain

▲リモート診療を行う医師。43インチの曲面ディスプレイが使われ、患者とのビデオ通話だけでなく、横にはカルテなどの資料が表示される。

 

地方の患者の通院の負担を大きく軽減

予約をした時間に、心血管内科の医師とビデオ通話で結び、医師が状況などを聞いて、薬を処方する。子どももビデオ通話の画面に入り、様子を観察することができる。そして、処方された薬は3日以内に宅配されてくる。診察費、薬代などはスマホ決済で終わる。

患者にとっては、時間と交通費の節約になる。一方、医師の方は直接患者を診ることができないため、確実さが要求される。処方薬も飲み方を必ず患者に復唱させるようにしている。しかし、医師もリモート診療は歓迎をしている。

心血管内科の叢暁輝副主任は、人民健康網の取材に応えた。「心臓疾患や高血圧などの子どもの場合、少なくても数ヶ月、長い場合には数年の治療が必要になります。リモート診療は遠方の患者にとって、経済負担や労力を大きく減らしてくれます」。

中国では、重い病気の場合は、高度な医療を求めて、大都市の病院に遠方から患者が集中する現象が起きている。入院治療に関する負担は織り込み済みであっても、その後の通院治療の費用と時間が大きな負担になり、自己判断で治療をやめてしまうこともあった。それが、通院治療と薬の処方がリモートでできるようになり、患者の負担は大きく減ることになる。

 

リモートの医療相談が患者に安心感を与える

さらに、北京市の病院が集まって始めたWeChatミニプログラム「京医通」では、以前から病院の予約などができたが、リモート診療にも対応したことから、リモート診療を活用する病院と患者が増えている。

首都小児科研究院附属病院では、すでに4022人がリモート診療を利用し、北京市以外の患者は73.1%にもなるという。リモート診療が活用されているのは、皮膚科、消化器内科、保健科、内分泌科などだという。

保健科の李娜医師は、人民健康網の取材に応えた。「毎日、30人から40人ほどの子どもの成長についての相談業務をしています。特に初めてのお子さんのご両親は、何を食べさせたらいいのか、成長の具合は正常なのか、運動、言葉、知能の発達に問題はないのかということを気にします。このような相談のほとんどは、対面でなく、リモートでも行えます」。

李娜医師が答える内容は、少し調べればわかるような基本的なことがほとんどだという。しかし、それを資格を持った医師の口から聞くことで、両親は安心をすることができる。以前は、そのために、遠方から親が子どもをつれて病院まできていた。気候が厳しい時期には、子どもに与える負担も決して小さくない。それがリモート診療で解消された。

f:id:tamakino:20201107104659p:plain

▲WeChatミニプログラム「首都小児科研究院+」。このミニプログラムで、診察の予約やリモート診察がスマホからできるようになる。

 

14人の医師が対応するクラウド診療室

首都小児科研究院附属小児科病院では、リモート診療の需要に対応するために、クラウド診療室を新設した。ここには43インチの曲面ディスプレイを設置し、情報が一眼でみられるようにし、14人の医師が控えている。

高度な医療が提供でき、人気の高い病院の待合室は、常に大混雑をしている。この混雑は、新型コロナの感染拡大以前から、院内感染の要因になっていると指摘をされていた。リモート医療を拡大していくことで、この混雑は解消され、病院、医師、患者の負担が小さくなっていく。

医師が自分の目で見る必要がある初診、高価な医療機器を必要とする検査は、病院で行い、問診が主体となる相談と再診はリモートでというスタイルを首都小児科研究院附属小児科病院は目指している。

f:id:tamakino:20201107104706j:plain

▲首都小児科研究院附属小児科病院に設置されたクラウド診療室。リモート診療は、遠方の患者を中心に、ニーズが急速に高まっている。

 

サーモス 真空断熱マグカップ ブラック 350ml JDG-350C BK

サーモス 真空断熱マグカップ ブラック 350ml JDG-350C BK

  • 発売日: 2019/08/21
  • メディア: ホーム&キッチン
 

 

中国で最高のチームはテンセントのポニー・マーと張小龍。挫折が2人の絆

中国で最高の成果を出したのはテンセントの創業者ポニー・マーと張小龍の2人だ。テンセントの主軸事業であるWeChatを開発しただけでなく、最近ではWeChatミニプログラムを開発して小売業を大きく変えようとしている。WeChatの開発のきっかけは、深夜の電子メールでのやりとりだったと中国網が報じた。

 

スタートアップには3人チームが最適な理由

テック企業を創業するには、3人チームが最適だと言われる。エンジニアとビジネスとコミュニケーターの3人チームだと、バランスが取れ、意見が衝突した時も、対立せず、解決策を生み出しやすい。また、お金を少しでも節約しなければならないスタートアップ段階では、3人で1つの部屋に住み、ベッドは1つでいいというジョークもある。3人が8時間ずつ、3交代制で眠ればいいのだ。

3人チームでなくても、テック企業を成功させるには、エンジニアとビジネスのコンビが最低限必要になる。米国のテック業界で、最も有名なコンビは、アップルのスティーブ・ジョブズスティーブ・ウォズニアックだろう。ウォズニアックが開発したワンボードマイコンから出発をしてApple IIのヒットにより、アップルは上場をすることに成功した。

 

WeChat、WeChatミニプログラムを生み出したテンセント

中国で最も成功したコンビは、テンセントの創業者である馬化騰(マー・ホワタン、ポニー・マー)と張小龍(ジャン・シャオロン)であることに異論を挟む人はいない。このコンビは、テンセントにとって重要なSNS「WeChat」を生み出し、それだけでなく小売業に大きな影響を与えている「WeChatミニプログラム」も生み出している。

 

深夜のゴーサイン。それがテンセントの未来を拓いた

2010年のある日の深夜、張小龍の言葉によると「突然、神様が降りてきた」。WeChatというプロダクトのアイディアを思いついて、2時間で企画書にまとめ、ポニー・マーに電子メールで送った。

普通の人であれば眠っている時間だが、ポニー・マーはその時間起きていて、電子メールを読み、すぐにゴーサインを出した。ここからWeChatの開発が始まった。

当時、テンセントはPCベースのSNS「QQ」で10億人以上の利用者を獲得し、大成功をしていた。WeChatは携帯電話用のSNSだが、QQのライバル製品になる。

普通の経営者であれば、携帯電話版QQを開発するのが常識で、わざわざ新しい製品を開発する必要はないと考える。

なぜ、ポニー・マーはこのような無謀なプロジェクトにゴーサインを出したのだろうか。

f:id:tamakino:20201106104411j:plain

▲テンセントを創業した馬化騰。後にQQとなる企画を提案したが受け入れられず、辞職をしてテンセントを創業した。

 

挫折が結びつけた2人の絆

12年前、ポニー・マーはまさに張小龍と同じ立場にいて、張小龍の気持ちが理解できた。だからこそ、すぐにゴーサインを出すべきだと判断できた。

1993年に深圳大学を卒業したポニー・マーは、テック企業の「潤訊」(ルンシュン)に入社して、ポケベル関連のエンジニアとして働いていた。PCからポケベル呼び出しができるソフトウェアなどを開発していた。

この頃、イスラエルのミラビリスが開発したICQ(I Seek Youの意味)が世界中に急速に広がっていった。登録した人とチャットができるソフトウェアで、当時はインスタントメッセンジャーと呼ばれた。LINEのPC版のような感覚だ。

1997年になると、中国版はリリースされていないのに、有志が勝手に中国語が使えるようにし、中国でもICQが急速に広がり始めた。

ポニー・マーもこのICQに夢中になった。これがポケベルのようなデバイスに入り、誰もがどこにいても瞬時にコミュニケーションができる世の中になったらどんなに素敵だろう。そう考えて、ポニー・マーは、中国版ICQの開発を社内で提案した。当面はPCtoPCのメッセンジャーだが、将来的にはポケベルにも搭載することを考えていた。しかし、この提案は却下されてしまった。

納得がいかないポニー・マーは、仲間と起業して、そこで開発することにした。この企業が「騰訊」(タンシュン、テンセント)だ。自分の名前の馬化騰と勤めていた企業の潤訊から名前をとった。海外向けの英語名のTencentは、ルーセントテクノロジーの名前からヒントを得てつけた。

こうして、QQが生まれ、テンセントは急速に成長をしていく。もし、潤訊がポニー・マーの提案に耳を傾けていれば、潤訊が大企業になっていたかもしれない。張小龍の提案を受けたポニー・マーは、12年前の自分の体験を思い出したことだろう。

f:id:tamakino:20201106104400j:plain

▲テンセントの重要なエンジニア張小龍。Foxmailの買収がきっかけでテンセントに入社し、WeChat、WeChatミニプログラムといった重要なプロダクトを開発している。

 

スマホの登場で時代遅れになったQQ

しかし、ポニー・マーは考えもなしに張小龍の提案にゴーサインを出したわけではなかった。

1999年にテンセントが開発したQQの前身「OICQ」は、急速に普及をした。特にテキストメッセージだけでなく、ボイスチャットが使える点が歓迎された。バカ高い長距離電話や国際電話料金を払わなくても、QQ同士なら無料で電話ができるのだ。さらに、「QQ農場」というソーシャルゲームが爆発的な人気となった。QQは中国人の誰もが使う国民的ソフトウェアになっていった。

ところが2000年代に入ると、QQの地位を脅かす存在が登場してきた。電子メールの普及だった。中国でも電子メールが広く使われるようになり、ビジネスの場はもちろん、個人でも電子メールでメッセージをやり取りする習慣が広がっていった。

そこで、ポニー・マーは、メールクライアントFoxmailに注目をして買収することにした。このFoxmailを開発したのが張小龍だった。テンセントは、張小龍ごと買収し、張小龍にチームを結成させ、FoxmailをQQ用に改造させ、2005年に「QQ郵箱」としてリリースされた。

しかし、2007年になると再びポニー・マーを悩ませるサービスが登場した。ツイッターだった。QQはあくまで知人同士がコミュニケーションを取るSNSだった。しかし、ツイッターは知人だけでなく、緩い繋がりの他人もメッセージを見ることができる。メッセージが拡散するという現象が起きる。中国でもツイッターとほぼ同じ「ウェイボー」が登場してきた。

しかも、スマートフォンが登場し始め、ツイッター型のSNSスマートフォンへと対応していく。コミュニケーションの主流のデバイススマホになろうとしていた。その時、知人同士でしかコミュニケーションができず、しかもPCベースであるQQは時代遅れの観が否めなかった。

f:id:tamakino:20201106104403p:plain

▲PC版のSNSとして中国で大成功をしたQQ。当時のPC所有者はほぼ全員が利用をしていた。テンセントの初期の成長の原動力となった。

 

テンセントを成長させるエンジニア張小龍

そこで、ポニー・マーは、テンセント版「ウェイボー」を開発する必要があると感じた。このプロダクトを「Q信」と名付けて、携帯電話版QQを開発しているチームとQQ住所録の開発チームに開発を命じた。

張小龍が率いるQQ郵箱チームは、ブラックベリー用のメッセンジャーを開発している最中だったが、これを将来性のないブラックベリーではなく、スマートフォンに対応させることでQ信がいち早く開発できることに気がついた。張小龍はそのことを深夜にポニー・マーにメールで送り、ポニー・マーはすぐにOKを出した。

これがWeChatとなり、スマホ時代のテンセントの駆動力となっていた。ここからWeChatペイなども生まれてくる。

さらに、張小龍はWeChatミニプログラムという新しい仕組みも提案をする。これはWeChatの中でアプリを起動することができる仕組みで、ユーザーにとっては「インストール不要」「アカウント登録不要」「決済方式設定不要」で利用できる。ここからモバイルオーダーやECが気軽に利用ができるようになり、中国の小売業の進化に大きな影響を与えている。アップルも同様の仕組みをApp Clipという名称で追従しているほどだ。

f:id:tamakino:20201106104407j:plain

▲QQが受けたのは、マスコットのペンギンが歓迎されたこともある。初期のOICQ時代からデザインは異なるもののペンギンのマスコットが使われていた。

 

中国で最高のチームはポニー・マーと張小龍

エンジニアにとって最もつらいことは、思いついたアイディアが上から拒否されることだ。そのつらさをポニー・マーを自身も体験して知っていた。張小龍もFoxmail開発以降、その体験をいくつもしてきている。そして、ポニー・マーは、エンジニアがやりたいことをしている時に実力以上の能力を発揮できることも知っていた。それもポニー・マー自身が体験したことだ。

2人ともこのつらさを知っているために、WeChatの開発では素早い判断ができ、それがテンセントを大きく成長する原動力となった。中国で最高のチームは、ポニー・マーと張小龍。これには多くの人が同意をする。

 

進む個人商店のデジタル化。地方都市で注目される数字規画師という仕事

数字規画師という新しい職業が、地方都市で注目をされている。個人商店のデジタル化を勧めるコンサルティングの仕事だが、コロナ禍により実体店舗が生き残りをかけてデジタル化に関心を示しているため、数字規画師が稼げる仕事として若者から注目されていると中国網が報じた。

 

地方都市で注目の職業となる「数字規画師」

中国で新しい職業が生まれ、注目を浴びている。その職業とは「数字規画師」。日本流に言えば、デジタルコンサルタントということになるだろうか。20代前半の王静さんは、武漢市でこの数字規画師の仕事について以来、毎日10時間以上も働き、訪問する商店は100店近くになる。

仕事の内容は、個人営業の商店のデジタル化を手伝うことだ。店舗のミニプログラムを開通させる,顧客向けクーポンはどのような戦略で発行すべきかをアドバイスする、最適な経営管理クラウドサービスを紹介し、経営管理のデジタル化を促すなどだ。

この数字規画師は、100万人以上の人材不足となっていて、収入も年100万元(約1560万円)を超える人が現れていることから、今、若者の間で注目の職業となっている。

また、アリペイの統計によると、数字規画師の8割が二級都市以下の地方都市に集中し、大都市に比べて仕事が少ない地方都市で、自分の努力次第で高給が稼げる仕事という点でも注目をされている。

f:id:tamakino:20201105101213p:plain

▲数字規画師は個人商店を周り、経営のデジタル化のコンサルティングを行う。毎月のサブスク料金の一定割合が収入となる仕組みなので、長く使ってもらえるサービスを提案するといういい循環が生まれている。

 

薄れゆく実体店舗の存在意義

2010年代後半から、実体店舗の縮小傾向が始まっている。ECの発達だけでなく新小売が拡大して、都市部ではスマートフォンで注文した商品は、1時間以内に自宅や職場、指定場所に配達をしてもらえるようになっている。商品は「お店に買い物に行くもの」から「届けもらうもの」になろうとしている。

その中で、実体店舗の存在意義が薄れてきている。生き残るのは、理髪店や美容院、マッサージ店などの自分の体を持っていく必要があるサービスや、買い物体験やイベント体験などを提供できるショッピングモールぐらいだとも言われる。

 

個人商店にもデジタル化の流れが始まっている

そのような状況の中で、地方都市の商店主が急いでいるのが経営のデジタル化だ。もはや伝統的な帳面と鉛筆による経営では淘汰されてしまう。デジタル化をして、新小売にも対応していくことが生き残っていく唯一の道だと考えられるようになっている。

しかし、個人商店主の多くが、デジタルリテラシーは高くない。スマホスマホ決済程度は使うものの、経営のデジタル化と言われると何をどうしていいのかわからない商店主も多い。そのような人たちに店舗のデジタル化の支援をするのが、数字規画師という仕事だ。

スマホタブレットで簡単に利用できる経営管理ツールのクラウドサービスが充実してきたことも追い風になっている。今や、個人商店でもデジタル化を行わなければ、生き残っていけないと思われるようになっている。

 

コロナ禍が大きな弾みに

この傾向は、コロナ禍によって大きく加速した。外出をする人の数が大きく減少し、新小売サービスを利用することが習慣化をし、実体店舗は苦しい経営を余儀なくされている。その中で、デジタル化が唯一の生き残る道だと考える商店主が増えている。

アリペイでは、商店主向けにアリペイサービスマーケットを提供している。ここでは、在庫管理や売上管理などのクラウドサービスが揃っていて、これを利用することで商店のデジタル化が可能になる。このアリペイサービスマーケットのアクティブユーザー数は昨年の10倍以上になっている。

また、新型コロナが終息して以降、各社から経営のデジタル化ツールが販売、公開され、8月の段階で、昨年の販売数の合計を超えた。

f:id:tamakino:20201105101155p:plain

▲アリペイのサービスマーケット。商店主向けの経営管理クラウドツールがそろっている。これを勧めるのが数字規画師の基本的な仕事になる。

 

学歴が得られなかった若者の「逆転の職業」

このような背景があり、数字規画師の仕事が重要になり、需要も大きく伸びている。しかも、デジタルツールについて理解をするためにかなりに勉強と研修が必要になるものの、学問ではないので、学歴が低い人でも努力をすれば数字規画師としての仕事をすることができる。これにより、地方都市に住み、さまざまな事情で大学や専門学校に通えなかった青年たちの「逆転の職業」としても注目が集まっている。

・高校中退の青年が「田舎のBATになりたい」

湖北省黄石市生まれの23歳、陳輝さんは、 広州市で美容師専門学校の講師をしていたが、生まれ故郷の黄石市に戻り、数字規画師の仕事を始めた。地元の火鍋チェーンのデジタル化をコンサルティングし、それがうまくあたって火鍋チェーンの売上は40%も伸びた。それが評判となり、地元からの仕事の依頼が相次いだ。

そして4ヶ月後、2人のエンジェル投資家からの資金を受け、起業をした。高校中退の青年が、広州市という大都市にいても、このような順調に成功することはできなかっただろう。

陳輝さんは、中国網の取材に応えた。「大都市にいた時よりも順調に成功しています。いつか、田舎のBATと呼ばれる存在になりたいです」。

f:id:tamakino:20201105101203p:plain

▲数字規画師の仕事をする陳輝さん。投資資金も得て、会社化をした。将来の夢は「田舎のBAT」と呼ばれるようになること。

 

地方都市の高卒でも、大卒並みの収入が得られる

現在、数字規画師の多くは最終学歴が高卒だが、平均年収は20万元(約310万円)になっている。これは大卒者の全国平均とほぼ同じだ。高卒でしかも地方都市であれば、じゅうぶん高給ということができる。

数字規画師の収入は利用手数料が主体だ。商店にクラウドサービスを紹介して、その商店が月額利用料を支払い利用すると、その月額利用料の一定割合が数字規画師の収入となる。商店がクラウドサービスの使用をやめてしまうと、自分の収入も減る仕組みになっている。そのため、いい加減なセールストークで売りつけるのではなく、自然と長く使ってもらえるコンサルティングをする傾向が生まれている。商店主にとっても、数字規画師にとってもメリットのある仕組みになっている。

しかも、働けば働くほど収入が増えていき、商店主がクラウドサービスを利用し続ける限り、収入が得られることになる。そのため、多くの若者が、数年後は、働かなくても毎月収入が入ってくる状態を目指して、毎日10時間以上も商店をまわり、デジタル化の勧めを説いて回っている。

こうして地方の個人商店のデジタル化が進んでいる。

 

本物を提供する。顧客体験を改善し続ける。この2つを駆動力に成長した喜茶

桁外れの行列ができることで有名だった中国茶カフェチェーン「喜茶」が、コロナ禍でも好調だ。感染拡大が始まると、すぐに到家サービスに対応。顧客体験を素早く改善させたからだ。喜茶は、本物を提供すること、顧客体験を改善し続けることで、グローバルなカフェチェーンに成長したと投資家網が報じた。

 

消費体験をアップグレードし続ける「喜茶」

中国で大人気となっているカフェ「喜茶」(HEY TEA、ヘイティー)。人気が爆発した2019年には、店舗に長い行列ができ、休日には4時間待ちは当たり前。ネットでは7時間並んだという話まである。

人気の秘密は、伝統的な中国紅茶を現代的にアレンジしたことだ。一番人気なのは岩塩入りクリームチーズをトッピングした中国紅茶。また、フルーツをふんだんに入れた中国茶も人気だ。伝統的な味をモダンなスタイルで飲めることと、長い行列ができることが話題になり、加速度的に人気が高まっていった。

しかし、ただの一時的な人気店ではない。店舗の初期段階では、長い行列は商品価値を高める方向に作用するが、リピートフェーズに入ると消費体験を低くする方向に作用してしまう。そのため、喜茶では他のカフェに先駆けて、WeChatミニプログラムをリリース、モバイルオーダーを始めた。味を知っているリピーターは、行列に並ばなくても、事前にスマートフォンで注文しておくことで、すぐに受け取ることができるようになった。

新型コロナの感染拡大が始まると、すぐに到家サービスに対応。「4時間の行列」という話題性に慢心せず、購入体験を改善し続けている。

f:id:tamakino:20201104161900j:plain

カップもデザインに配慮されている。クリームチーズ入りやフルーツ入りなど、中国茶の新しい飲み方を提案した。

 

f:id:tamakino:20201104161851j:plain

▲喜茶のテイクアウトは紙袋も人気になっている。この紙袋が欲しくてわざわざテイクアウトする人もいる。

 

お客さんがきたくなるような無料サービスを考える

喜茶を創業したのは、現在29歳の聶雲宸(ニエ・ユインチェン)で、喜茶の成功により40億元(約630億円)の資産を得て、中国富豪ランキングの81位に入り、100位以内では最も若い富豪になっている。

聶雲宸は1991年に江西省に生まれた。両親はエンジニアというごく普通の家庭だった。広東科学技術職業大学に進学し、行政管理を専攻した。

学生の頃から起業すること考え、大学1年生で携帯電話ショップを開業している。しかし、経験不足と場所が悪かったことで売り上げは悪かった。聶雲宸はなんとかしようとして、機種変更するときのデータ移行、アプリの代理インストール作業を無料にした。これがあたった。「お客さんがこないのはお客さんが悪いのではなく、自分が悪いのだと考えました。私はお客さんがきたくなるようなことをしていない。それでお客さんがきたくなるような無料サービスはできないかと考えたのです」。

ユニークなのは、通常、このような無料サービスは、お店でスマホを購入した人に対する付帯サービスとして提供する。しかし、聶雲宸は誰にでも無料にした。そののため、香港で安価なスマホを大量に買って、聶雲宸の店に持ち込み、データ移行やアプリインストールを無料で行わせる客も現れた。それでよかったのだ。そのことが評判となり、聶雲宸の店には遠方からわざわざ訪ねてくるお客も増え始めた。

こうして、聶雲宸は20万元というお金を手にした。

f:id:tamakino:20201104161843p:plain

▲喜茶を創業した聶雲宸。本物を提供し、顧客体験を改善し続ける。この2つで、喜茶をグローバルなカフェチェーンに成長させ、20代で富豪の仲間入りを果たした。

 

業界の裏常識がビジネスチャンスになる

聶雲宸が次のビジネスを模索している時、目についたのが中国茶カフェだった。中国にもカフェが増え始めていたが、コーヒーが苦手な女性は紅茶や中国茶をカフェで注文する。しかし、カフェのお茶には、業界の裏常識がはびこっていた。

鉄観音茶と銘打っていても、それは鉄観音茶に味が似ているだけのクズ茶であり、果汁がブレンドされているといっても、それは合成の香料入りフルーツパウダーであり、クリームは安価な脱脂粉乳が使われている。お客はこのような事実を知らないが、知ったら怒ることだろう。

聶雲宸はこれは大きなビジネスチャンスだと考えた。偽物の中国茶ドリンクが街中にはびこっているのだから、同じものを本物を使って作るだけで受け入れられるのではないか。そう考えた。

f:id:tamakino:20201104161903j:plain

▲一時期は休日には4時間並ぶのが当たり前の時期もあった。しかし、リピーターが増え始めると、すぐにモバイルオーダーを導入して、顧客体験を悪くさせない工夫をしている。

 

新しい中国茶スタイルを香港や台湾から取り入れる

しかし、この発想は、言うは易く、行うは難しの典型だ。本物の素材を使えばコストが上がり価格は高くなってしまう。

聶雲宸が目をつけたのは、中国茶ファンの若年化だった。伝統的な中国茶は、若者にとって古臭い習慣に見え、若者は中国茶を飲まない傾向が進んでいた。しかし、一部の若者の間で、一周回って、中国茶がモダンな飲み物として流行し始めていた。そういう意識の高い若者たちは、きちんとした商品には価格が高くてもお金を払う。

そこで、聶雲宸は若者を狙って、香港式ミルクティーや台湾式タピオカミルクティーの新しい中国茶のスタイルを全面的に取り入れた。

f:id:tamakino:20201104161848j:plain

▲2012年に広東省に開店した喜茶の1号店。この時は「皇茶」(ロイヤルティー)という名前だった。

 

本物を提供する。顧客体験を提供する。この2つが成長の駆動力

2012年5月、広東省江門市に第1号店を開店する。この時の名前は「皇茶」(ロイヤルティー)というものだった。30平米の小さな店で、ミルクティー専門店だった。

聶雲宸は、開店時に「2杯目は半額」というキャンペーンを行った。これでお客が訪れたが、キャンペーンを終えると客がパタリとこなくなる。1日の売上がわずか20元という日もあったという。

これは厳しいと考えた聶雲宸は、ミルクティー専門ではなく、アレンジティーを工夫する。ここからフルーツを入れた紅茶、中国茶などが生まれてくる。これが受けて、10月には店の前に行列ができるのが当たり前になった。

そして、すぐに中山市、深圳市と店舗を拡大した。2017年2月には上海市に開店をし、これが1日4000杯を売るという爆発的な人気を見せ、喜茶の名前が全国に知られるようになっていった。

現在、世界49都市に500店舗以上を展開し、平均の1月の売り上げは100万元を超えている。

「本物を提供する」だけでなく、聶雲宸が常に顧客体験を考え続けたことが成功に結びついている。

 

値上げをする海底撈、値下げをするマクドナルド。進む飲食店の小売化

コロナ禍により打撃を受けた飲食店に、客足が戻り切らない。海底撈は値上げに踏み切った。マクドナルドは逆に値下げに踏み切った。苦境に立たされている飲食店では、内食に進出しようと、飲食店の小売化が進む傾向も現れ始めていると創業邦が報じた。

 

客足が戻りきらない飲食店

コロナ禍の影響により、飲食店の客足が戻りきらない。主な要因は2つある。ひとつは終息をしているとは言え、まだまだ不安がぬぐい切れないことだ。飲食店側では席を間引き、安全をアピールしているが、これにより店舗回転率が下がり、収益を悪化させている。また、飲食店にとってはありがたい大人数での食事もまだまだ避けられている。

もうひとつの理由は、飲食店が休業をしている間に、外売(フードデリバリー)などを利用した内食化が進み、それが習慣化をしてきてしまっている。

このような状況の中で、ある飲食店は値上げをせざるを得なくなっている。一方で、値下げに踏み切る飲食店もある。コロナ禍から回復するために、値上げと値下げという真反対の施策を取っていることになる。

f:id:tamakino:20201103084939j:plain

マクドナルドでは、スタッフ全員にマスク着用と検温を義務付けている。

 

30%の値上げに踏み切った火鍋「海底撈」

火鍋で有名なチェーン「海底撈」(ハイディーラオ)は値上げに踏み切り、ネット民たちは不満を述べている。昨年は4人で行って681元、1人170元(約2600円)ほどだったのが、コロナ禍以降は、ほぼ同じ量を食べて220元(約3400円)以上になったとあるネット民は報告をしている。

実際、火鍋の具材の多くが値上げをされている。それだけではなく、量も減らされていると報告が相次いでいる。

海底撈では、全体で約30%も値上げをせざるを得なかった。PI値(Purchase Index)=1000人あたりの販売個数を見て、PI値の高い具材(人気が高い商品)の値上げ幅は小さく、PI値の低い具材(あまり注文されない特殊な商品)の値上げ幅を大きくするなどの工夫はしているものの、ネットでの評判は芳しくない。

f:id:tamakino:20201103084914p:plain

▲昨年のレシート(右)と今年の明細(左)を比較して、値上げされているという証拠を、多くのネット民が公開している。

 

海底撈の損失は790億円

海底撈では、1月26日から営業を停止し、3月12日に再開するまで、46日間営業を停止していた。中信建投の試算によると、海底撈の損失は50.4億元(約790億円)にものぼり、2020年は5.8億元の赤字となる見込みだという。2019年の海底撈は絶好調で拡大路線を続け、1日に平均1.2店を新規開店していたが、この拡大も停止せざるを得なくなった。急拡大をしていたことが、結果的に傷口を大きくしてしまった。

中信銀行や百信銀行などが21億元の緊急融資を行ない、政府に対しても税金面での優遇措置を申請しているが、それでも値上げに踏み切らずを得なかった。

 

値下げキャンペーンで客足を戻しているマクドナルド

一方で、値下げに踏み切って、ネット民から称賛されているのがマクドナルドだ。アプリ会員には毎週月曜日に半額のセットメニューを提供するキャンペーンを行っている。

マクドナルドは1990年に中国に進出をし、当初はハンバーガーという新しいスタイルの飲食が定着をせず、苦労をした経験を持っている。そのため、中国市場に適合する施策を素早く打つ機敏さが身についている。中国のマクドナルドで中華メニューも提供されているのも、中国市場に定着をするための努力のひとつだ。

中国でフードデリバリーやモバイルオーダーが普及し始めると率先して対応し、店舗でも無接触販売形式を早い段階で実施した。無接触販売といっても単純なことで、以前からモバイルオーダーの仕組みには整っていたので、スマホから注文をしてもらい、でき上がった商品は紙袋に入れて封緘し、カウンターに並べていくだけのことだ。利用客はスマホに表示される注文番号と合致する紙袋を自分で取っていく。これだけの工夫で、多くの利用客が安心をし、マクドナルドを利用する。マクドナルドでは、感染拡大がまだ収まらない3月末の段階で、98%の店舗の再開にこぎつけている。

f:id:tamakino:20201103084923p:plain

マクドナルドは、客足が戻らないからこそ、半額キャンペーンを行って、客足を取り戻そうとしている。

 

f:id:tamakino:20201103084943j:plain

マクドナルドの無接触販売。スマホで注文すると、商品はカウンターに並べられる。紙袋はきちんと封緘がしてある。調理したスタッフ、包装したスタッフの名前、体温チェックの記載もある。

 

客足は戻り切らず、進む「飲食店の小売化」

しかし、値上げをした海底撈も値下げをしたマクドナルドも、いずれも先行きに不安を抱えている。海底撈はこの値上げにより客離れを起こしてしまう不安を抱えている。マクドナルドは半額商品だけ買われ、それ以外のものは買われないという収益率の悪化の不安がある。

今、飲食業で話題になっているのが「飲食業の小売化」だ。外売(フードデリバリー)だけでなく、内食を意識した半調理品を開発し、ライブコマースなどで販売するという流れが起きている。店舗営業だけではままならないため、家庭の食卓に進出をしようとしている。

海底撈でもmini火鍋セットの販売を始めている。外売として注文ができ、豪華な鍋と具材が同梱されている。鍋の回収は無料で行っているが、次回まで取っておき、具材だけを注文すると割引になる。

その他の飲食店でも、温めるだけ、一品加えるだけでできあがる半調理品の開発販売が進んでいる。店舗の先行きが不透明である分、飲食店は家庭の食卓市場に狙いを定めている。

f:id:tamakino:20201103084919j:plain

▲海底撈はmini火鍋セットの販売を始めた。鍋と燃料付きで、自宅で火鍋が楽しめるというものだ。飲食店の小売化が進んでいる。

 

 

SARS禍で生まれたEC。SARSで成長したアリババと京東

まぐまぐ!」でメルマガ「知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード」を発行しています。

明日、vol. 045が発行になります。

 

コロナ禍による経済の停滞は、いったいいつまで続くのかと焦れている方も多いのではないでしょうか。GoToキャンペーンは人為的なものなので、飲食チェーンや中級以上のホテルにとってはありがたい政策であるものの、その恩恵をほとんど受けられていない飲食店やホテルもあります。

横浜から出港したクルーズ船で、香港で下船をした男性の感染が確認されたのが2月1日でした。それからあっという間にクルーズ船内で感染が拡大し、3月に入ると国内でも感染者が増え始めたのですから、もう9ヶ月にもなります。しかも、人が動き始めているので、拡大をさせないように誰もが配慮しているものの、陽性者数は思うように減らず、終息がいつのことになるのか見当もつきません。

 

中国の新型コロナの感染拡大は1月下旬の春節休みから本格化しましたが、3月の終わりには終息が見え、5月に入ると大きな感染はほぼ起こらない状況になりました。それ以降も散発的な小規模クラスターが起きていますが、拡大は抑えられています。感染拡大の震源地でありながら、世界の中でもいち早く終息をした国だということができます。

しかし、経済回復の足取りは重たい印象です。例えば、人々の経済活動の回復の目安として、旅行人数が挙げられます。経済が回復をして、生活に対する不安感がなくなれば、旅行に行く人が増えるからです。

今年の2月末、感染拡大がようやくピークを過ぎたばかりの頃、経済回復に関するレポートが公開されました。あるシンクタンクが旅行の回復を予測したものですが、なんと5月の連休には回復をし、前年を上回るという内容でした。これを見た時は正直驚きました。2月末の段階では、まだ終息がいつ頃のことになるのかはっきりしない段階です。それが3月には終息し、5月の連休には、観光地が再びあの中国級の混雑になるというのです。もちろん、5月の旅行は短期、近距離のものが中心になると説明されていましたが、にわかには信じられない話です。

実際、5月に旅行に行く人はほとんどいませんでした。夏休みも多くの人が控え、中国最大の長期休暇である10月の国慶節に期待が集まり、この時はかなりの人手になりましたが、昨年よりも2割減となっています。今年の国慶節は、中秋節とうまく連結され、例年にない長期休暇となったのに、2割減というのはかなり悪い数字です。未だに、旅行に対する不安が拭えないのです。

f:id:tamakino:20201107131045j:plain

▲3月に発表されたあるシンクタンクのレポートでは、旅行が5月には回復するという楽観的すぎるものだった。現実は甘くなく、10月の国慶節で、ようやく8割の回復をした。SARSの時は、人々の不安が完全になくなるまでに、ほぼ1年かかっている。

 

中国は、新型コロナの前に、2003年にSARSの感染拡大を経験しています。SARSの感染が厳しかったのは、2003年の3月から6月までで、8月になって最後の入院患者が退院をし終息をしました。しかし、その影響は長く続きました。2003年10月の国慶節の旅行は低迷をし、2004年の春節にも帰郷を控える人がいました。旅行が完全に回復したのは、2004年の5月の連休で、完全回復するには1年近くかかっているのです。

感染症の拡大は、不安を長引かせるだけではありません。人々の意識も変えていきます。コロナ禍で明らかに起きた変化が「既存小売の新小売化」と「飲食店の小売化」の2つです。

 

新小売は、このメルマガをお読みの方にはもはやおなじみだと思います。代表例はアリババの新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)で、スマートフォンからの注文を半径3km圏内に30分配送してくれるというものです。普通のスーパーと同じように、店舗で購入することもでき、「スマホ/店頭」注文+「持帰り/宅配」を都合に合わせて自由に組み合わせることができます。

感染拡大期には外出を控える人が多かったため、新小売は通常の4倍から10倍以上の注文が入るという人気になりました。終息後も便利さから利用し続ける人が多く、既存の伝統的なスーパーは市場を奪われてしまいました。これを奪還しようと、既存スーパー、百貨店も続々と「到家サービス」を始めています。新小売に対抗するための、スマホ注文・宅配サービスです。

 

もうひとつが飲食店の小売化です。飲食店も客足が戻りきりません。また、未だに席を間引いているところもあります。席を密にするとお客さんが避けてしまう、席を疎にするとお客さんはきてくれても客数が目標に達しないというジレンマに悩んでいます。

そこで、開発力のある飲食チェーンは、半調理品を開発して、内食市場に参入をしています。例えば、火鍋で人気チェーンとなった海底撈(ハイディーラオ)では、ミニ火鍋セットを販売しています。スマホで注文すれば宅配してくれるというもので、1人または2人で自宅で火鍋を楽しめます。鍋と燃料もついているという徹底ぶりです。この他、温めるだけ、一手間加えるだけという半調理品をさまざまな飲食チェーンが開発をして、宅配販売するようになりました。

しかし、ここでも新小売が顔を出します。新小売勢も食品メーカーなどと提携して半調理品の販売を始め、内食をめぐって、飲食店と新小売が激突しています。

 

今後、どのような展開になるのかはわかりませんが、もはや商品というのは「買いに行くもの」ではなく「届けてもらうもの」になる傾向が進んでいくことは間違いありません。そうなると、自然に外出する機会は少なくなり、自宅ですごす時間が多くなるでしょう。映画やコンサートも、出かけて見るものではなく、自宅で見るものになるかもしれません。当然、自宅を快適にしようとする人が増え、家具業界などはすでに好調になってきています。

となると、自動車の需要は低迷し、旅行需要も低迷するかもしれません。コロナ禍により、今までの常識がオセロゲームのようにひっくり返り始めているのです。

 

今、私たちが当たり前だと思っているライフスタイルも、実は2003年のSARSの影響による部分がかなりあります。中国のECはSARSをきっかけに普及をしました。ECが普及をすると、オンライン決済が必要になり、銀聯カードが普及をし、後にアリペイ、WeChatペイのスマホ決済が登場してきます。

一時期、日本を訪れる中国人旅行者の「爆買い」が話題になりましたが、あの爆買いの多くは、中国に持って帰って、タオバオなどで売り捌くことが目的です。当時は、日本製品が簡単に手に入らないか、価格が高くなるので、タオバオなどで飛ぶように売れるのです。

現在のソーシャルECも、このECとSNSを組み合わせたものですし、新小売もECの倉庫と店舗を合体させるという発想のものです。多くのものがECを起点にした変奏曲であり、その原点はSARS禍による困難を解決したECにあるのです。そこから、アリババや京東(ジンドン)といった巨大企業も生まれてきました。

今回は、SARSの時に、どのようにしてECというビジネスが生まれてきたのかをご紹介します。お読みになる時に、どのような課題を解決しようとしていたのかという視点でお読みください。その考え方は、現在のコロナ禍にも通じるものがあると思います。

今回は、SARSで生まれたECというビジネスをご紹介します。

 

続きはメルマガでお読みいただけます。

 

毎週月曜日発行で、月額は税込み550円となりますが、最初の月は無料です。月の途中で購読登録をしても、その月のメルマガすべてが届きます。無料期間だけでもお試しください。

 

今月発行したのは、以下のメルマガです。

vol.044:貧困を撲滅するタオバオ村の成功例と失敗例

 

登録はこちらから。

https://www.mag2.com/m/0001690218.html