中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

各界著名人が語るジャック・マーの人物像

ジャック・マーの引退は、中国のテック業界にいまだに影響していて、「ジャック・マーロス」的な空気感すらある。ジャック・マーが引退をした2019年9月10日、多くの著名人がメディアにコメントを寄せている。上游新聞は、そのコメントをまとめて掲載した。

 

夢とホラの20年。そのすべてを実現した

2019年9月10日、教師節の日であり、55歳の誕生日であったアリババのジャック・マーは引退をした。あるメディアは「夢とホラの20年。そのすべてを実現した」と評した。ジャック・マーは新しい事業を始める時、普通の人には想像がつかない発想や高い目標を掲げる。そのため、多くの人が「大風呂敷を広げている。ホラを吹いている」と感じるが、数年以内にそのホラを実現してしまう。畏敬の念を込めて「ホラ吹き」と呼ばれている。

ジャック・マーの周囲の人は、ジャック・マーという人物をどう見ていたのだろうか。

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▲ジャック・マーがアリババを去る瞬間。中国のインターネット史にとって、大きな節目となっている。

 

テンセント、馬化騰(ポニー・マー)CEO

同業者のことを論評はしません。なぜなら、ジャック・マーと私は個人的にはとても仲がいいからです。競争をしたこともあれば、提携をしたこともありました。一緒に投資をした企業も5、6社あると思います。競争し、提携するというのは当たり前のことで、大袈裟に語るべきではありません。二人とも20年も苦労をしながら、小さな会社の時から競争をして大きくなってきたのです。ECでは、アリババは海外の強敵を打ち破り、市場を獲得してきました。私たちは互いに尊敬をする間柄です。

 

京東、劉強東(リウ・チャンドン)CEO

ジャック・マーは特別な人です。いつでも、問題を、現状に対処するという低い視点ではなく、一段高いレベルから見ていたと思います。話はうまく、人を惹きつける内容で、常に最高の到達点を示し、人類とか国家とか社会といった視点から語るのです。

私たちはアリババと競争せざるを得ませんでしたが、京東とアリババが目指しているものはまったく違っていました。もしアリババと100年間競争ができれば、私たちは100年間生き続けることができるでしょう。

 

アリババ、彭蕾(ポン・レイ)副総裁

ジャック・マーには腹が立つこともありますし、びっくりさせられることもあります。でも、私は最初に出会った頃の尊敬の念をずっと持ち続けることができました。彼も人間ですから欠点もあります。でも、大局観、知性、判断力、人間的な魅力にはやっぱり惹かれてしまうのです。心からそう思います。

 

アリババ、張勇(ジャン・ヨン)CEO

ジャック・マーは遥に遠くまで見通せる人だと思います。遠い未来のことまで考えながら、同時に周囲に気を使える人なのです。

私たち二人は長い間肩を並べて仕事をしてきて、互いに補い合える関係だったと思います。ジャック・マーからさまざまな新しい事業を起こす発想法を学びました。彼の言葉の中には、たくさんのチャンスがあり、深く考えるに値することがたくさんありました。私たちは友人のように互いの考え方を話し合ってきました。それはビジネスに関することもあり、まったくビジネスとは関係のないこともありました。

 

アリババ、衛哲(ウェイ・ジャー)前CEO

中国はジャック・マーという人を惜しむべきです。ジャック・マーが始めたECというビジネスは社会の多くのことを変えていきました。ジャック・マーは時代が生み出した英雄という見方に私も賛成しますが、その英雄が時代に与えた大きな影響を忘れてはいけません。

 

360、周鴻禕(ジョウ・ホンイ)CEO

経営者が社員を厳しく管理するというのは、私に言わせれば、経営者に管理能力が欠如していることの証明です。技術やプロダクトに対する理解という点では、私はジャック・マーを上回っていると思います。しかし、リーダーシップや人間的な魅力という点では、私はジャック・マーに遠く及びません。だから、ジャック・マーは大きな事業を率いていくことができるのです。

 

新浪、曹国偉(ツァオ・グオウェイ)CEO

彼にはいくつも素晴らしい点がありますが、いちばん優れているのは、問題の核心を素早く理解することです。そうして、構造を理解し、鍵になる点をつかみます。周りからは、彼の眼がよく、遠くまで見通せるように感じます。これが彼が成功できた理由だと思います。友人としても、そこが最も尊敬できる点です。

 

捜狐、張朝陽(ジャン・チャオヤン)CEO

2008年ごろ、私の捜狐は事業が好調でした。しかし、本当は大きな問題を抱えていたのです。プロダクトや技術を軽視する傾向が生まれ、私自身も仕事に気持ちが入らない時期でした。それでも、私は成功した経営者という名声に浮かれていました。

あるとき、カラオケバーで遊んでいる時に、ジャック・マーが北京にきているということを知って、気軽に呼び出したのです。ジャック・マーは夜の12時すぎになってようやく顔を出し、30分ほど楽しく遊んで帰りました。後から、彼はあの時、猛烈に忙しくて、普通ならそんな時間など取れないほど多忙だったと知りました。それでも暇そうな顔をして私と遊んでくれる。それがジャック・マーです。

 

58同城、姚勁波(ヤオ・ジンボー)CEO

私が最も崇拝する企業家がジャック・マーです。なぜなら私もジャック・マーと同じビジネスをしているからです。ジャック・マーは中小のメーカーをインターネットを使って事業が成立するようにしました。私たち58同城は、規模が小さい企業と人材をインターネットでマッチングさせることで、事業が成立するようにしているからです。

 

蘇寧、張近東(ジャン・ジンドン)董事

ジャック・マーはネットビジネスの英雄で、風が吹くのを待つのではなく、自分で風を起こしていきました。私もジャック・マーに共感します。夢を描いて、着実に実行し、最後には風を起こす人になる。私もそうでありたい。

 

小米、雷軍(レイ・ジュン)CEO

ジャック・マーは、ネット第1世代の企業家の中で最も成功した人です。アリババがニューヨーク証券市場に上場をした日、中国の経営者は全員が、夜通しその中継を見ていたと思います。中国人の一人として誇りに思いました。ジャック・マーは、中国人が米国でIPOを果たすという奇跡を起こしたのです。

 

レノボ、揚元慶(ヤン・ユエンチン)CEO

理想を語り、未来を語り、それだけで人々の情熱を引き出すことができるでしょうか。自分が熱狂していないのに、人々を熱狂させることができるでしょうか。ジャック・マーは、熱い情熱を抱き、人々を熱狂させてきました。この点で、私はジャック・マーという人を尊敬しています。いつも遠大な志を持ち、具体的な未来を描き出します。これが人々の情熱を引き出すのです。

 

滴滴出行、程維(チャン・ウェイ)CEO

ジャック・マーは中国の企業家の中でも傑出した存在です。これは、彼の視野の広さと遠さに由来し、その視野は英語力と関係があります。ジャック・マーの話で最も印象に残っているのが、英語は言語ではなく、僕の視界なのだという言葉です。ジャック・マーは中国でも早い時期に英語を学び、それ以降、世界中の企業家と交流してきたのです。

 

当当網創業者、李国慶(リ・グオチン)

ジャック・マーは友だちとして最高の人間です。なぜなら友人を騙したりしないからです。彼は20年間、友人からお金を騙し取るようなビジネスをしていません。それがビジネス上の成功をもたらしたのだと思います。

 

レノボ創業者、柳伝志(リウ・チュアンジー

私はジャック・マーより20歳ほど年上ですが、彼のことを尊敬しています。彼は一流の企業戦略家で、彼が口にしたことを実現する様を自分の目で見てきました。そのたびに、彼は何に基づいて未来を見通しているのか、どうやって実現しているのかを真剣に研究したものです。

 

分衆伝媒、江南春(ジャン・ナンチュン)主席

ジャック・マーは体は弱かったですが、精神はものすごく強かった。なぜアリババを成功させることができたか、これは重要な問題です。私は、ジャック・マーは事業よりも人を見ていることが成功の要因ではないかと思います。

ジャック・マーの最大の長所は、未来を見通せることで、今、ジャック・マーが話していることは、常に10年後のことなのです。ジャック・マーの話すことは、多くの人にとって常識外のことですが、彼は地道に前に進んで、それを常識にしてしまうのです。

 

新希望集団、劉永好(リウ・ヨンハオ)董事

ジャック・マーは常に学び、どこにでも行って、あらゆる物を見て、あらゆる人と交流します。自分の事業に役立つことを発見して、それを実行します。理解が不足をしていれば、また理解をするためにどこにでも行きます。これが彼の知識を作っているのです。

ジャック・マーは世界最大級のECを構築することに成功しましたが、この知識の積み重ねと、改革を恐れない彼の性格があったからこそだと思います。

 

巨人網絡、史玉柱(シー・ユージュー)董事

ジャック・マーと面識を得るまでは、彼のことをホラ吹きだと思っていました。でも、知り合ってみると、ジャック・マーは自分のホラをすべて実現する人だということがわかりました。ホラを実現して、ホラではなくしてしまう人なのです。

 

セコイアキャピタル共同創業者、沈南鵬(シェン・ナンパン)

ジャック・マーはとても聡明な人ですが、彼の聡明さは学校の成績のよさや仕事ができる聡明さとは違うものです。自分の中に秘められた能力を発現するには、情熱と知識を結合する必要があります。さらに、適切な時期に、適切な事業を行い、適切な方向に進んでいかなければなりません。

アリババは最も価値のあるネット企業ですが、それはジャック・マーという人が創業したからに他なりません。ジャック・マーは将来を見通す力、大胆な想像力を持ち、妙手を打つことができる人です。そして、粘り強く考え続けます。多くの人は、自分のことを評価していませんが、ジャック・マーは自分のことを評価し、信じていました。

 

万通、馮侖(フォン・ルン)董事

ジャック・マーという人は、飾ることなく、道理を語る人です。その道理は彼の心から出ているものです。とても誠実で率直な人です。自分が確かだと思うことを語り、それは時には不快に感じることもありますが、こちらを気遣う気持ちから出ていることがわかります。耳に痛い忠告をしてくれる得難い友人です。

 

銀泰集団創業者、沈国軍(シェン・グオジュン)

ジャック・マーはいつまでも青年の心を持っています。それはアリババの企業文化を見ればわかります。彼は、この20年になる企業を、常に1年目の気持ちにすることができる人です。チームの結束は強く、上から下まで目標が明確になっていて、常に戦闘態勢であり続けています。

 

新東方、敏洪(ユ・ミンホン)董事

ジャック・マーは大きな事業を始める時に、性格上、世の中を騒がすことが大好きなのです。私のように小さくまとめて安定させるという考え方とは大きく違っています。

ジャック・マーは、米国でインターネットを初めて見た時、チャイナページという事業を発想し、ECを発想しました。この2つで、中国の中小メーカーの製品を世界中に届けようと考えたのです。この世にできなことはない。その言葉に従って、ジャック・マーは大きな企業家になりました。私のような小さな企業家とは気迫が違うのです。

 

華誼兄弟創業者、王中軍(ワン・ジョンジュン)

ジャック・マーは事業以外に興味のない人だと思います。例えば、美術品のオークションで気に入った絵を買ったら、私なら家に帰ってすぐに壁に飾ります。でも、ジャック・マーは、たぶん一年経っても、包装したままだと思います。

 

胡潤百富、胡潤(フー・ルン)董事

ジャック・マーは、独身の日のイベントに積極的に登場します。こういうことをする富豪は彼ぐらいです。しかし、ジャック・マーは富豪になりたくて努力をしてきたのではありません。確かに彼は事業でたくさんのお金を稼ぎましたが、公益的な寄付も大胆に行っています。アリババという企業も、多くの慈善活動を行っています。100年後に、ジャック・マーを振り返った時、彼は社会の中で与えられた責任を果たしたと評価されると思います。

 

娃哈哈、宗慶后(ゾン・チンホウ)董事

人民代表としてアリババを視察したことがあります。ジャック・マーはその時、私たち実体経済を乗り越えるという話ばかりをしていました。私は、誰かを倒せば、必ずあなたも誰かに倒されると忠告をしました。でも、私とジャック・マーの間に衝突はありません。彼はネット経済で努力をし、私は実体経済で努力をし、それぞれがそれぞれの道を歩めばいいのです。私たちの販促活動にも協力的で、実際に小売店の売上を伸ばしてくれたこともあります。

 

SOHO中国共同創業者、潘石屹(パン・シーイー)

ジャック・マーは今では神格化されすぎているのではないでしょうか。私はジャック・マーと付き合いが長く、彼が著した「私の価値観」を読んでも、とても率直で、技巧を凝らすことがなく、自分の思ったことを素直に表現しています。ジャック・マーはそういう人です。

 

ソフトバンク孫正義会長

私たちは素晴らしいパートナーで、素晴らしい友人です。ジャック・マーはずっとアリババを率いてきて、重要な働きをしてきました。意見を言う必要がある時は、果敢に意見を言います。ジャック・マーの人間性により、若い人たちが成長し、次第に彼は理論面の問題を考えることができるようになっています。

 

投資家、ウォーレン・バフェット

7、8年前、私はジャック・マーと面識を持ち、一緒に食事をしました。彼は素晴らしいビジネスマンです。しかし、私はアリババに出資するかどうかは大いに迷いました。なぜなら、ジャック・マーの経営手法は、常識外れのものだったからです。

 

マイクロソフト創業者、ビル・ゲイツ

ジャック・マーは事前活動を始めて、多くの新しいことを学んだと思います。また、中国の事前活動についても深く理解をしたと思います。彼がアリババを成功に導いた考え方を、慈善活動に応用してくれることを期待しています。

 

ジャック・マー アリババの経営哲学

ジャック・マー アリババの経営哲学

  • 作者:張燕
  • 発売日: 2014/12/25
  • メディア: Kindle
 

 

ポイント還元をむしゃぶりつくす羊毛党とその産業構造

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羊毛党という言葉をご存知でしょうか。
多くのネットサービスでは、クーポンや還元ポイントを配布しています。額としては大きくないものの、「得をしたい」という人間の心理をついたうまい販売促進策です。ただの割引よりも効果があり、しかも次回も利用してもらうことができるということから、多くのネットサービスで取り入れらています。ポイントを集めて、賢く買い物をすることにハマっている方も多いのではないでしょうか。
このように、ポイントをうまく集める人のことが羊毛党と呼ばれます(名前の由来については後ほど)。

 

これは何も悪いことではないのですが、これを組織的に行う集団が存在します。職業として羊毛党行為を行う人たちです。職業羊毛党などと呼ばれることもあります。
最も多いのは、ネットサービスが大規模なポイント還元を行うと、不正なアカウントを大量に用意して、ポイントをかき集めるという行為です。組織的に行うので、金額もバカになりません。また、ネットサービスのバグやセキュリティホールをついて、大量にポイントや換金性の高い電子クーポンを取得して、転売をするということも行われます。


一般の消費者がポイントを貯める行為は何の問題もありません。むしろ、それでネットサービスの利用が高まりますし、提供側はそれをねらってポイント還元策を行っているわけです。
しかし、職業羊毛党の問題は、不正な手段によって大掛かりにポイントをむしりとり、サービス提供企業に大きな損害を与えていることなのです。利益になることから、ブラック産業としてのサプライチェーンまででき上がっていて、SNSで連絡を取りながらシステム化されています。


セキュリティ企業「深セン永安在線科技」が運営するセキュリティチーム「威脅猟人」の推計によると、平均的な職業羊毛党は、3人でチームを組み、1万件以上の電話番号やアカウントを保有し、年間に100万元(約1500万円)の利益を上げていると言います。中国ではまずまずの収入で、中には、テック企業に勤めるよりも高い収入をあげている職業羊毛党もたくさんいると見られています。

 

2018年のクリスマスに、中国スターバックスは専用アプリをリリースしました。同時に、アカウント登録をしてくれた方にはコーヒー1杯が無料になるクーポンを配布しました。しかし、このキャンペーンは1日半の後、急遽中止になります。なぜなら、登録されたアカウントの90%が実在しないデタラメの情報だったからです。これにより、スターバックスの損失は1000万元(約1億5000万円)以上だと言われています。しかも、アプリリリースキャンペーンを中止したのですから、トータルの損失がどのくらいになるのか誰もわかりません。


2019年1月にはソーシャルEC「ピンドードー」が被害を受けます。会員に向けて、1人1枚限定で100元(約1500円)相当のクーポン券を配布しました。しかし、これがシステムのバグにより、何枚でも取り放題になっていたのです。職業羊毛党だけでなく、一般消費者も参加して、ネットはお祭り状態になりました。
その日のうちに、ピンドードーの運営が気がつき、クーポンの配布を急遽中止し、同時にクーポンの無効を宣言しました。しかし、遅かったのです。職業羊毛党たちは、手に入れた大量のクーポンを使って、携帯電話料金のプリペイドカードなど換金性の高い商品を既に購入済みでした。被害総額は数千万元(数億円)だったと言われています。

 

このような羊毛党の被害は、中国だけでなく、日本にも影響している可能性があります。2019年7月にセブンイレブンの決済システム「7pay」の不正アクセス事件が起こりました。犯行集団は、不正にチャージした7payで、すぐにセブンイレブンで換金性の高いタバコなどを大量購入しています。この購入をした「買い子」の中に中国人留学生がいて、「アルバイト感覚だった。SNSで面識のない人から依頼された」と証言しています。確証はありませんが、背後に中国の職業羊毛党集団がいると見た方がいいでしょう。


今回は、このような羊毛党の産業構造がどうなっているか、ネットサービス提供側はどのような対策をしているかをご紹介します。


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再始動を始めた滴滴出行。滴滴の8年間の戦い(下)

中国のタクシー配車、ライドシェア大手の滴滴出行。中国最大のユニコーン企業と呼ばれ、わずか4年で大きく成長をし、ウーバー中国をも買収したが、2018年に運転手が乗客の女性を殺害するという問題を起こし、滴滴の成長は完全停止をしていた。今年2020年になって、程維CEOは新たな中期計画を発表し、滴滴出行が再始動をしようとしていると捜狐汽車E電園が報じた。

 

ウーバー上陸に備え、ライドシェアサービスを始める

2013年、嘀嘀打車と快的打車は、上海の市場をどちらが取るかで凌ぎを削っていた。両社は大量のクーポンをばらまき、赤字覚悟の消耗戦を展開していた。

この消耗戦が、一瞬で止まった。米国のウーバーが上海でサービスを提供すると発表をしたからだ。ウーバーはライドシェアという新しいスタイルのタクシーサービスだった。自動車の所有者であれば誰でも運転手登録ができ、自分の車に客を乗せることができる。本質的には、自分が自分の車で移動をするときに、ついでに同じ方向に行きたい人を乗せるシェアリングサービスだったが、実質的には行政の管理を受けない白タクサービスであることは明らかだった。

嘀嘀打車も快的打車も、強い危機感を持った。ウーバーのサービスは、クーポンを使ったタクシーサービスよりも安く利用することができる。ウーバーが本格上陸をしたら、中国のタクシーサービスは駆逐されてしまう危機感すらあった。

嘀嘀打車も快的打車も、資金を優待クーポンに使うのではなく、ウーバーと同じライドシェアサービスを構築することに使うようになった。

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▲一人の乗客に対して、複数の空車がいる場合、乗客全員の待ち時間の合計が最小化されるように、配車される車が決まっていく。

 

嘀嘀打車だけではウーバーに対抗できない

程維は、快的打車とのシェア争いも行いながら、ウーバーとも戦わなければならなくなる。そのためには資金がさらに必要になる。そこで、国際的な投資会社であるテマセク、DSTグローバルなどから7億ドル(約750億円)の投資を受けた。

しかし、DSTは投資をする際、さまざまな条件をつけてきた。ウーバーは中国すべての都市でライドシェアを展開しようとしている。嘀嘀打車も快的打車も対抗することはできないだろうというのだ。嘀嘀打車が生き残る唯一の道は、快的打車と合併をしてライドシェアサービスを立ち上げることだという。もし、それを可能にしたら、DSTはさらに10億ドルを追加投資する用意があるというのだ。

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滴滴出行では都市を小さなセルに分けて、需要と供給のギャップを常に計算している。供給過多のセルにいる運転手には、隣の供給が少ないセルへ移動する指令が出される。このような仕組みで、効率よく乗客を乗せることができるようになっている。

 

合併の女神、柳青登場

程維は頭を抱えた。快的打車とは激しい競争をしてきて、仁義なき戦いの様相を呈し、互いの関係はとても良好とは言えなかった。しかも、それぞれの背後にいるのはテンセントとアリババというライバル関係にあるテックジャイアントで、代理戦争とまで言われている。どうやって合併話をもちかければいいのだろうか。

そこに登場したのが、2014年7月に入社したばかりの女性社員、柳青(リウ・チン)だった。柳青は北京大学を卒業後、ハーバード大学の大学院に進み、卒業後は香港のゴールドマンサックスでアナリストをしていたという才媛だった。それ以上に、レノボの創業者、柳伝志(リウ・チュアンジー)の長女だったのだ。誰もが一目置く存在だった。快的打車側も柳青の面会をむげに断ることはできない。

柳青は何度も快的打車側に面会を求め、ウーバーに対抗するためには合併が必要だということを説いた。

この柳青の努力により、2015年2月14日、小桔科技と快的の合併が成立をした。新会社は共同CEOの形を取ることになった。程維と快的の呂伝偉が共同CEOとなり、柳青が総裁に就任をした。新しい会社は、社名を変更して、現在の「滴滴出行」となった。ひとつの企業に、テンセントとアリババの両方が出資をしているという珍しい企業が誕生した。

これにより、ライドシェアの分野でもウーバーと対抗できる力を持つようになった。

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▲合併の女神となった柳青(左)と程維CEO。柳青はレノボ創業者の柳伝志の長女。彼女の働きで、快的との合併が成立し、ウーバーに対抗することができるようになった。

 

資金消耗戦からウーバーは脱落

ウーバーは予告通り、中国に進出をしてきた。そこに新生滴滴は、例によって大量のクーポン戦略で対抗した。

中国政府も当初はライドシェアに対して厳しい規制を設けていた。ライドシェアはビジネスではなく、あくまでも善意に基づくシェアリング活動なので、料金の上限枠を定め、運転手に利益が出ないようにした。つまり、商売として行うのではなく、善意のボランティア活動として行うべきだという考え方だ。こうすることで、既存のタクシー業界を圧迫しないようにした。

しかし、それでは誰もライドシェアの運転手をしようとは思わない。そこで、滴滴もウーバーも、価格設定は政府の規制に従いながらも、大量の奨励金を出すことで、運転手に利益が出る構造にした。

滴滴にしてみれば、これは先行投資であり、いつものことだった。しかし、ウーバー本社では大きな問題になっていた。先行投資であればまだしも、中国政府の価格規制がいつ緩和されるのか予測が立たない。永遠に価格規制が行われるのだとしたら、ウーバーチャイナは永遠に利益を出すことができない。

であるなら、株式交換によって、ウーバーチャイナを滴滴に売却し、滴滴の株式を保有する方がウーバーとしては得なのではないか。そういう議論が生まれ、結局、2016年8月に、ウーバーチャイナは滴滴に売却をされ、ウーバーは中国から撤退をすることになる。

こうして、滴滴は中国市場をほぼ掌中に収めることに成功をした。主要都市でのシェアは90%を超えた。さらに、海外のLyft、Grabなどには投資をし、提携関係を結ぶ。わずか6年で、ここまできたというのはできすぎと言ってもいいほどだ。

2017年末、滴滴出行は創業以来の累積乗車数が74.3億件となり、地球の人口を超えた。

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▲滴滴では、ショッピングモールや空港などの施設で、ARを使ったピックアップ地点までの誘導も行っている。スマホをかざすとどちらに歩いていけばいいかを教えてくれる。ビーコンではなく、施設内部の画像解析で位置を判断している。

 

程維の心の隙に起きた大事件

これは企業としては成功だが、程維にとっては失敗の始まりだったかもしれない。程維は基本的に愛嬌があり、抜けたところも多い典型的な「80后」青年だ。それなのに、目覚ましい成果を挙げられたのは、わかりやすい目標があり、立ち塞がるライバルがいたためだ。このような時、程維は自分でも驚くほどの能力を発揮する。

しかし、中国市場を確保したことで、次の目標が見えなくなってしまった。ライバルもいなくなってしまった。日本とメキシコに進出をしたが、それは滴滴の大目標とは言えない。

その心の隙をつくように、2018年5月5日、滴滴を揺るがす大事件が起きる。明け方、鄭州空港から鄭州駅まで乗車した祥鵬航空の客室乗務員が、滴滴のライドシェアを利用したところ、運転手にレイプをされ、殺害されるという事件が起きた。

被害女性が誰もが認める美人であったこと、車内からSNSを使って友人に助けを求めるメッセージを発信していたこと、犯人が自殺をし、しかも身分を偽って滴滴の運転手をしていたことなどが明らかになって、滴滴は社会から大きな批判を浴びることになった。

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▲客室乗務員はSNSで車内から友人に助けを求めていた。運転手からキスをしたいと言われ怖いと訴え、友人は、夫が空港に迎えにきているフリをしろとアドバイスをしている。そして、夫のフリをして電話までしたが、本人がだいじょうぶだと言うので安心してしまった。痛ましい事件はその直後に起きた。

 

安全対策直後に再び悲惨な事件が起こる

多くの利用者、特に女性は、不安になって滴滴のライドシェアの利用をしなくなった。滴滴側でもしばらく順風車(ライドシェア)のサービスを停止して、安全対策を行うことにした。

しかし、順風車のサービスを再開した途端、再び痛ましい事件が起きてしまった。温州楽清市で保育士の女性が運転手にレイプされ殺されるという事件が発生した。しかも、滴滴が対策したという安全対策がまるで意味がないということが明らかになった事件でもあった。

被害女性が乗車をしていると、車はいく必要のない山道に入り、周りには人影もないことから、被害女性はSNSを使って友人に「怖い」とメッセージを送っていた。そして、5分後「助けて、救助」という途中で途切れたメッセージがきて、連絡が取れなくなった。その友人はすぐに滴滴のカスタマーセンターに連絡をし、その車のナンバーや位置情報を開示して、警察に通報したいと訴えたが、滴滴のカスタマー担当は「運転手の個人情報」という理由で、車両情報を開示しなかった。

友人はすぐに警察に通報し、警察から滴滴に運転手情報の開示を求めたが、やはり滴滴は個人情報を理由に拒否をした。しかも、該当の利用者は乗車前に予約をキャンセルしているため、利用をしていないという回答だった。

事件が起きたのは午後2時15分頃だったが、当日の午後6時すぎに、滴滴はようやく警察に対して該当車両のナンバーを開示した。これにより、警察の捜索が開始され、翌日、犯人が逮捕され、該当車両が発見され、その中から被害女性の遺体も発見された。

 

ライドシェアに起きていた数々の問題

この事件から数々の問題が明らかになった。ひとつは「私人訂単」の問題だ。乗客がライドシェアを予約した時、運転手と乗客は交渉をして、滴滴を通さずに乗せる約束をしてしまうことがある。滴滴に手数料を支払わない分、運転手の取り分は多くなり、乗客は支払額が少なくなる。運転手と乗客の交渉が成立をすれば、滴滴の予約を取り消して、そのまま運転手と直接交渉で価格を決め、乗せてもらう。このようなことが横行をしていたため、滴滴のシステム上把握ができない乗車があった。滴滴側も把握していない乗車なので、緊急対応が取れないのだ。

もうひとつの問題が、カスタマーセンターを外注していたことだった。外注運営であるために与えられている権限に限界があり、カスタマーセンター独自の判断で運転手の個人情報を開示することができなかった。

 

新たな中期計画で再始動を始めた滴滴出行

いずれにしろ、滴滴の信用度は地に落ちた。痛ましい事件を起こし、安全対策をして万全ですと言った瞬間にまた痛ましい事件が起きた。滴滴の言う安全対策が抜け穴だらけのものでもあることも報道された。

それ以来、滴滴出行は低迷を続けている。と言っても、滴滴の需要が減ったわけではない。ライドシェアである順風車(自動車が向かう方向に利用する人をマッチングするライドシェア。価格は安くなる)はサービスを停止しているが、タクシー配車と専用車(滴滴が専属の運転手で提供するサービス)の需要は相変わらず高い。

2020年になって、程維は「0118」というスローガンを社内に伝えた。今後3年間の滴滴の計画を象徴したもので、「安全を怠るとすべては0に帰する」「3年以内に1日1億乗車を達成する」「3年以内に月間利用者数8億人を達成する」というものだ。これを達成すると、国内の移動の8%を滴滴が担うことになる。

この2年、滴滴は苦しみ、ようやく次へのステップを踏み出そうとしている。程維は何を目標に設定しただろうか。誰をライバルと見ているだろうか。いずれ明らかになる時がくるかもしれない。

 

再始動を始めた滴滴出行。滴滴の8年間の戦い(上)

中国のタクシー配車、ライドシェア大手の滴滴出行。中国最大のユニコーン企業と呼ばれ、わずか4年で大きく成長をし、ウーバー中国をも買収したが、2018年に運転手が乗客の女性を殺害するという問題を起こし、滴滴の成長は完全停止をしていた。今年2020年になって、程維CEOは新たな中期計画を発表し、滴滴出行が再始動をしようとしていると捜狐汽車E電園が報じた。

 

中国最大級のユニコーン企業「滴滴出行

中国最大級のユニコーン企業「滴滴出行」(ディーディー)。日本でもDiDiとして、タクシー配車サービスを始めている。企業価値は3300億元(約5兆円)となり、タクシー配車サービスだけでなく、ライドシェアサービスも提供している。このライドシェアは網約車(ネットで約束する車)として、都市の公共交通のひとつとして定着をしている。

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滴滴出行は、配車データをビッグデータ化し、さまざまなコンサルティングやデータ提供を行っている。市の交通局も滴滴から提供されたデータを参考に、都市交通計画を立てるようになっている。

 

ダメダメ学生だった創業者の程維

しかし、2012年に滴滴が創業した時に、今日の滴滴を予測できた人はほとんどいなかっただろう。創業当時の滴滴、当時は小桔科技という名前だったが、すぐに消えてしまいそうな泡沫スタートアップにすぎなかった。

そもそも、創業者の程維(チャン・ウェイ)がダメダメ学生だった。学校の成績はよかったので、中国の一流校である北京大学清華大学に進学することを考えていた。しかし、共通入試である高考でやらかしてしまった。ページに綴じられている数学の試験問題で、最後の1ページが存在することに気がつかず、最後の3問を未回答のまま終えてしまったのだ。

仕方なく、決して一流校とは呼べない北京化工大学に進学をした。当初は情報技術を専攻したが、自分に合わないと感じたのか、専攻を行政管理に変更した。

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▲滴滴の創業者、程維CEO。成績はよかったが、どこか抜けたところのある典型的な「80后」青年だった。アリババの営業職で頭角を現し、滴滴を創業してからは常に挑戦をし続けている。

 

保険の営業、足裏マッサージ店で働く

2004年に北京化工大学を卒業したが、ダメ学生であった程維にろくな就職口はない。そういう学生が就くのが保険の営業だった。給料はなし、契約が取れたらコミッションがもらえるというもので、世間知らずの学生あがりに契約が取れるはずもない。研修もなく、仕事を教えてくれる先輩もなく、しかも仕事をするには800元の登録料を支払う必要があるという怪しげな会社だった。

程維は大学時代の指導教官を訪ね、保険の勧誘をしたが、丁寧に断られた。それで、程維もこの仕事は無理だとあきらめて辞めてしまった。

しかし、仕事がない。そこで求人広告で見かけた北京の足裏マッサージ店で働いた。

 

アリババの営業職として成功、独立して起業

それが変わったのは、アリババの営業職に応募をし、なぜか採用されたことからだった。法人営業の仕事に就いた程維は、水を得た魚のように成果を上げていく。しかし、これといった工夫があったわけではなかった。とにかく大量の顧客を訪問し、数打てばあたる作戦を徹底した。

2011年に、最年少で法人営業のエリア責任者となった。さらにアリペイB2C事業部の副責任者となり、アリババの出世コースに乗った。そのままいけば、アリババの経営陣に名前を連ねることができるかもしれないというところまでたどり着いた。

しかし、2012年6月に、程維はアリババを辞職して、7月に小桔科技を創業する。アリババ時代にさまざまな都市に出張したが、どこの都市でもタクシーがつかまらない。これをどうにかしたいと考えるようになった。小桔科技を創業して、スマートフォンでタクシーを呼べるアプリを開発しようと考えた。

 

アプリ開発が遅れ、しかもバグだらけ

創業資金は80万元(約1200万円)。創業オフィスは、北京中関村にある中関村E世界の中にあった。中関村E世界は14階建ての建物で、地下1階から4階までが小さなパーツ屋が並ぶ販売スペースになっていて、5階はフードコート、6階から14階までがオフィススペースとなっている。しかし、小桔科技のオフィスは地下の元倉庫だった小さな部屋だった。

創業直後から難問が続出した。1つはタクシー配車アプリ「嘀嘀打車」(嘀嘀はディーディー。自動車の擬音。ブーブーにあたる)の開発を8万元で開発企業に依頼をしたが、予定通りに上がってこない。しかも上がってきてもバグだらけで使い物にならない。アプリのサイズも異常に大きく、起動するとスマホのバッテリーを急速に消耗させる。位置情報をとる必要があったため、GPSユニットの電力消費が大きいためだが、それにしても目に見えるように減る。省電力に対する工夫が何もされていなかった。

程維はアプリ開発に関しては専門ではなく、うまくマネージメントできなかったのが原因だ。

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▲滴滴の創業の地である中関村E世界のショッピングゾーン。北京のラジオ会館にあたる施設で、滴滴のオフィスはこのビルの地下の元物置だった部屋にあった。

 

ビジネスとCTOの2人が加入

しかし、滴滴にとって、重要な2人の人物が加わることで、この問題が解決されていく。王剛(ワン・ガン)と張博(ジャン・ボー)の2人だ。

王剛は、アリババ時代の上司であり、小桔科技の出資者でもあった。創業資金80万元のうち、70万元を王剛が出資していた。王剛は小桔科技に加わるだけでなく、さらに追加の資金も投資をしてくれた。ビジネスに長けた人物であり、この後、滴滴がライバルと競争をして、買収をしていく過程で中心的な働きをすることになる。

張博は、百度の研究開発の責任者だったが、辞職をして滴滴に加わった。程維はこれを「天からの贈り物」と呼んでいる。なぜなら、張博がCTOとなり、エンジニアを集め、滴滴は自前の開発チームを持つことができるようになったからだ。アプリの問題はこれにより解決されていった。

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▲程維のアリババ時代の上司であり、滴滴の出資者である王剛。ビジネス面に長けた人であり、この人の加入で、滴滴のビジネスが回り始めた。

 

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▲滴滴の張博CTO。張博が加わったことで、質の高い開発チームが作れるようになり、滴滴はこの時からデータテクノロジー企業となった。

 

タクシー業界の古い体質という問題

もうひとつの問題が、タクシー会社がとてつもなく古い体質だったということだ。中国のタクシーの歴史は、1908年に上海の百貨店が顧客サービスの一環でタクシー部を開設したことに始まると言われる。100年以上の歴史を持っている会社も多い。

そのため、業界は複雑で閉鎖的だ。外の業界からの提案はそれだけで相手にしてもらえない。程維は当初、配車アプリを開発して、タクシー会社に販売するか、利用料を徴収するビジネスモデルを考えていた。しかし、まったく相手にしてもらえなかった。

2ヶ月間、100社以上のタクシー会社への営業活動を行なったが、どこも採用してくれない。それどころか話も聞いてくれない。

そこで、程維は販売対象をタクシー会社ではなく、運転手にすることに転換をした。配車アプリは無料で提供し、配車を受けた場合に、乗車料金の一定割合を送客手数料として徴収するという仕組みに変えた。運転手にしてみれば、効率よく客を見つけることができ、乗車率が上がるので、送客手数料を支払っても収入は増えるはずだという触れ込みだった。

 

運転手がスマホを持っていない!

これにより、北京の保有車数200台の中堅タクシー会社「銀山タクシー」が、運転手への説明会を行うことを認めてくれた。程維は自ら出向いて、500人のドライバーに配車アプリの説明会を開いた。

しかし、これも難問が山積みだった。2012年8月のことで、500人のドライバーのうち、スマホを使っている人は100人しかいなかった。400人はまだフィーチャーフォンを使っていたのだ。程維は、まずスマホとは何か、どこで買うのか、どう使うのかというところから説明をしなければならなかった。

9月になって、ようやく銀山タクシーの運転手たちの配車アプリ「嘀嘀打車」が動き始めた。しかし、初日に嘀嘀打車をオンにしてくれた運転手はわずか16人だった。翌日になると8人に減ってしまった。

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滴滴出行の運転手は、スマホを使って、利用客のピックアップ地点や行き先の指示を受ける。

 

運転手の間に広がる「嘀嘀打車は詐欺」の噂

運転手たちの間では、嘀嘀打車は詐欺なのではないかという話が広まっていた。乗客はアプリなど使わなくても、道を流していれば見つかる。自分で見つけられるものをアプリで見つけたと言い張って、送客手数料を取る詐欺なのではないかという話が広まっていたのだ。

そこで、程維は、嘀嘀打車を1週間オンにしてくれた運転手には、5元の奨励金を払うことにした。これにより、多くの運転手が、アプリを使うと効率的に客を見つけられるということを体験し、次第に嘀嘀打車を活用する運転手が増えていった。しかし、それでも利用する運転手が100人を突破したのは11月に入ってからのことだ。

さらに、北京南駅、北京西駅などのタクシーの「要所」を管理する会社と説明会開催の交渉をし、運転手に対して嘀嘀打車の導入を進めていった。この地道な努力により、嘀嘀打車を利用するタクシー運転手は次第に増えていった。

 

北京のタクシーの半分を握るライバル

ようやく嘀嘀打車が広まり始めたが、北京には強力なライバルがいた。揺揺招車(ヤオヤオ)だった。

揺揺招車は決してあなどれないライバルだった。セコイアキャピタル、真格基金といった著名なベンチャーキャピタルから360万ドル(約3.88億円)の投資を受けていた。それだけではなかった。揺揺招車は北京首都空港の第3ターミナルの管理会社と提携をし、ターミナルに出入りをするタクシーに揺揺招車を提供することに成功した。ターミナルには毎日2万台のタクシーが出入りをし、この2万台という量は、北京市内を走るタクシーの量とほぼ同じだ。つまり、嘀嘀打車はどれだけシェアを伸ばしても、北京市の50%が限界であり、揺揺招車に勝つことができない。揺揺招車が市内のタクシーにまで進出をしてきたら、嘀嘀打車の居場所はなくなる。

そこに程維たちにとって幸運が起きた。揺揺招車の経営に脱法行為が存在するという匿名の告発があり、北京首都空港は揺揺招車との提携を解消した。嘀嘀打車は、そこにすぐに食い込み、北京首都空港に出入りをするタクシーに嘀嘀打車を導入していった。

これにより、嘀嘀打車の信用度が高まり、北京市のほぼすべてのタクシーで嘀嘀打車が使われるようになった。揺揺招車の匿名の告発をしたのが誰なのか、現在でも明らかになっていない。

 

上海にも強力なライバルが

2013年には、嘀嘀打車は北京市をほぼ手中にしていた。次の目標は、他都市展開だ。しかし、そこにもライバルが立ち塞がっていた。

2012年11月、嘀嘀打車から遅れること数ヶ月で、杭州市で「快的打車」(クワイディー)が起業していた。しかも、創業者の陳偉星は、北京化工大学で、一時期、程維の同級生だったことがある。陳偉星はその後、浙江大学に入学し直し、杭州市で起業をした。

快的打車の成長は順調だった。最初から優秀な開発チームを揃えたことと、杭州市のタクシー業界は大きくなく、しかも開放的で、まったく新しい配車アプリという仕組みにも理解を示し、導入は順調に進んだ。杭州市を手中にしたら、誰が考えても、次は上海市に進出したいと考えるだろう。

程維はかなり焦っていたと言われる。もし、快的打車に上海市を取られたら、嘀嘀打車が南方の都市に進出することができなくなる。中国の半分しか抑えることができなくなる。なんとしても、快的打車が上海に進出する前に、嘀嘀打車が上海を手に入れる必要があった。

 

滴滴の成功に群がる投資家たち

しかし、程維の足元は騒がしくなるばかりだった。北京市のシェアを取るという成功を経たことで、さまざまな投資企業、テック企業が嘀嘀打車に注目をし始めた。その中でもテンセントが出資を申し出てきて、テンセントの創業者、馬化騰(マー・ホワタン、ポニー・マー)と程維の会談が行われた。

テンセントから投資を受けることはありがたい面と困る面がある。資金や技術を提供してもらえることは程維にとって何よりもありがたいことだが、その反面、経営に参加をされてしまい、自由な経営ができなくなる可能性がある。テンセントがどのような方針を考えているかは別として、スタートアップ企業に大企業の経営者が入ってくるということは、安定はするが成長は止まるということを意味している。嘀嘀打車は北京市を手中にしたばかり。まだまだ成長をしなければならない企業だった。

テンセントに投資をしてもらう際に、どのような条件を飲んでもらう必要があるのか。その交渉に時間を取られている間の2013年4月、快的打車が上海に進出をしてしまった。

 

資金を燃やして上海の市場を制圧

一歩遅れた程維は、テンセントからの1500万ドル(約16.1億円)という莫大な投資話をまとめて、上海に進出をした。そして、圧倒的な資金力を背景に、運転手への奨励金、利用者への優待クーポンを大量発行して、先行していた快的打車に肩を並べるところまで追いついた。

しかし、そこに上海から第3のプレイヤーが登場する。大黄蜂(ダーホワンフォン)だ。嘀嘀打車と快的打車は、上海だけでなく、他都市でもサービスを展開している。しかし、大黄蜂は他都市展開をせずに上海だけでサービスを展開している。上海に集中をしているため、規模は小さくても、意外にしぶとい。

程維は、上海でさらに資金を投入して、優待クーポンを大量発行した。特に大黄蜂が強い地区での優待を強化し、大黄蜂を狙い撃ちにして潰そうとした。

大黄蜂は百度バイドゥ)からの投資を引き出して対抗しようとした。嘀嘀打車はテンセントの資金を背景にし、快的打車はアリババの資金を背景にしている。上海で中国のテックジャイアントBAT(百度、アリババ、テンセント)の代理戦争が起こる気配になってきた。

しかし、百度は大黄蜂への投資を結果として行わなかった。これにより、大黄蜂は資金が枯渇し、急速に後退をしていく。

しかし、その大黄蜂を買収したのが、快的打車だった。これ以降、嘀嘀打車と快的打車は中国の各都市で熾烈な消耗戦を展開していくことになる。

 

出口の見えないクーポンばらまき合戦

2014年になると、嘀嘀打車と快的打車は中国の1級都市、2級都市と呼ばれる大都市のほぼすべてでサービスを展開し、しのぎを削っていた。どちらが優勢とも言えない状況だった。

程維は、この最終全面決戦とも言える大勝負に、テンセントの巨大な資金力を利用して、「投資資金を燃やしながら前進する」作戦をとった。「乗客には乗るたびに10元割引」「運転手には乗せるたびに10元の奨励金」の優待クーポンを大量配布したのだ。まったくの赤字だが、赤字水域に踏み込むことで、快的打車がついてこれなくなることを狙っていた。

クーポン配布を始めた2013年1月10日、嘀嘀打車の利用数は跳ね上がった。1日の乗車数が100万件を超えた。

10日後、快的打車もアリババの資金力を背景に、乗客に10元、運転手に10元のクーポンを配布し始めた。しかも、翌日には運転手に15元の奨励金のクーポンの配布を始めた。快的打車の乗車数は、1日に最高で162万件を記録した。

クーポン合戦はエスカレートしていき、2014年の1月と2月、両社合わせて19億元(約290億円)の補助金、奨励金が使われたという。しかも、このクーポン合戦は果てがない。これからもエスカレートして一方になる。乗客や運転手にとってはありがたい話だが、両社にとっては命を落としかねない消耗戦になっていた。どこかで出口を模索しなければならない。

しかし、その出口は最悪の形で外からやってきた。米国のウーバーが、上海でもライドシェアサービスを提供すると発表したのだ。ウーバーが上陸すれば、嘀嘀打車も快的打車も吹き飛んでしまう可能性が高かった。

 

明日に続きます。

 

 

アリペイ非対応のウォルマートの閉店が続く。決済の選択肢が減ったことが原因か?

世界最大の小売業ウォルマートの中国店舗が続々と閉店し、店舗数を調整している。ECの躍進、消費者の都市化などさまざまな要因があるが、ネットで指摘されているのは、テンセントとの提携によりアリペイへの対応をやめ、WeChatペイのみ対応にしたことが影響していると言われていると大視野伝媒が報じた。

 

小額の日常決済に使われるWeChatペイ

中国のスマホ決済は、テンセントのWeChatペイとアリババのアリペイの2つが強く、多くの人が両方を使っている。しかし、どのように使い分けているのだろうか。

もちろん、人によっても異なるが、WeChatペイはSNSに強く、アリペイは金融に強いという違いがある。中国のスマホ決済のそもそもは、SNSの「WeChat」が、利用者同士で換金ができるポイントを受け渡しできるようにしたことが始まりだ。これにより、動画など面白いコンテンツを発表した作者に対して「投げ銭」ができるようになり、コンテンツ創業者を生むきっかけになった。

対面で購入する商店でも、店主がWeChatの利用者であれば送金が可能だが、アカウントをいちいち入力するのは面倒なので、アカウントをQRコードで表示して、簡単に送金ができる仕組みを導入した。これが、QRコードによる対面決済につながっていった。

 

高額決済に使われるアリペイ

一方、アリペイはアリババのECサイト「淘宝」(タオバオ)などで、オンラインでの決済をするために始められた。これがWeChatがQRコードを使って対面決済が行われているのを見て、QRコード決済にも対応をしていった。

アリペイが一気に普及をしたのは、「余額宝」(ユアバオ)が人気になったことだ。これは、資金をまとめてアリババ傘下のアントフィナンシャルがMMFに投資をするという理財商品だ。アリペイの資金を預けておくだけで、最高時には年利7%近い利息がついた。24時間いつでも1元単位で引き出すことができる利便性から、給料が出たらほぼ全額を余額宝を入れて、そこから必要な決済をアリペイで行うという人が急増した。

このような違いがあるために、どちらかというとWeChatペイは「対面」「小額決済」に使われる傾向があり、アリペイは「オンライン」「高額決済」に使われる傾向がある。

もちろん、これはあくまでも傾向であって、人によってはWeChatペイだけ、アリペイだけということもある。いずれにしても、多くの店舗、オンラインで、両方に対応をしているのが当たり前なので、困ることはないのだ。

 

ウォルマート閉店の流れはアリペイ拒否が原因?

世界最大のスーパーチェーン「ウォルマート」ももちろん中国に進出をしていて、400店舗を展開していた。しかし、この数年、閉店する店舗が続き、店舗数の調整に入っている。2016年から毎年10店舗から20店舗のペースで閉店をしている。

最も大きな理由は、ECや新小売に売上を圧迫されていることだ。中国では生鮮食料品ですら買いに行くのではなく、宅配してもらうようになっていて、ウォルマートに買い物に行き、大量の商品を買い、自分で持って帰るというスタイルが古くなりつつある。

もうひとつ、メディアが指摘しているのがアリペイが使えず、WeChatペイのみにしか対応をしていないということだ。2018年3月から、一部の店舗でWeChatペイ、銀聯カード、クレジットカード、現金などにのみ対応し、アリペイでの支払いができなくなり、ほぼ全店舗でアリペイが使えなくなった。これが客離れを招いたという指摘だ。

経営難になったウォルマートは、テンセントと業務提携をして、デジタル化やスマート小売(テンセント版新小売)への対応を始めた。このプロセスの中で、アリペイへの対応をやめて、WeChatペイのみに対応するということになったようだ。ただし、テンセントは「あくまでウォルマートが決定したことで、その決定を尊重する」と答えるのみで、排他的契約を求めたようなことはないと答えている。

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▲この数年、ウォルマートは毎年10店舗以上のペースで閉店が続いている。

 

消費者から嫌われた「WeChatペイのみ対応」

しかし、これは大きな問題になった。消費者の選択肢を狭めてしまうという問題が指摘され、消費者保護法にも触れるのではないかとも指摘された。

iiMedia Researchが行ったアンケートによると、アリペイ禁止に好感を持ったのはわずか10.8%で、52.5%が否定的だった。しかも、全体の22.3%がもうウォルマートでは買い物をしないと答えている。

実際、多くの消費者が戸惑った。多くの商店で、アリペイとWeChatペイのうち、自分の都合のいい方で支払えるのが当たり前で、まさか大型スーパーでアリペイが使えないとは思わない人が続出をした。2018年3月以降、ウォルマートで買い物をして、レジにきて初めてアリペイが使えないことを知り、そのままカートを放置して帰る人が続出したと言われている。

アリペイに対応をしていないのはウォルマートだけではない。EC「京東」もテンセントが株主である関係でアリペイに対応していない。しかし、京東は独自の決済「京東支付」が基本で、しかも、買い物をするたびに大量の京東ポイントが付与される。そのため、WeChatペイで京東ポイントを購入して、最終的にはポイントを使って、京東支付で支払う人が多い。大量のポイントというお得があるため、アリペイ非対応に不満を持つ人は少ない。

しかし、ウォルマートではそのような還元ポイントは多くない。日用品を買いたいだけなのに、決済方法が限定されることから、客離れがさらに進んだのではないかと言われている。

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ウォルマートのアリペイへの対応を取りやめる告知。ネットでは、これがウォルマート経営難の原因になったと指摘されている。

 

テンセントの提携が裏目に出ている

しかし、掲示板などの書き込みを見ると、多くの人がウォルマートに対して抱いている不満は、高いということだ。カルフールや永輝と比べて、同じ商品が割高であることが多いという。一方で、ウォルマートでしか購入できない商品というのは多くない。

ウォルマートが低迷をしているのは、そういうシンプルな理由だと指摘するネット民もいる。

ウォルマートとしては、テンセントと全面提携をし、WeChatペイに絞ることで、セルフレジや店舗ECなどのスマート小売施策を加速させようとしたのだろうが、それが裏目に出てしまった形だ。

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▲テンセントとの提携で始まったウォルマートの「スキャンショッピング」。入場する時にWeChatペイのQRコードを読み込ませ、購入する商品のバーコードをスマホで読み取り、セルフレジで再度QRコードを読み込ませて決済する。レジに並ばなくていいという利点はあるものの、すべての商品のバーコードを自分で読み取らなければならず、利用している人はあまり多くない。

 

カルフールに続き、ウォルマートも重大局面

この数年、中国の小売業は地殻変動が起きている。その中で、資本関係の近いテンセントと提携することで乗り切ろうという安易な選択をしてしまった。小売業のあり方が変わり、消費者の意識が大きく変化をしている中では、現場をよく観察し、そこで何が起きているかを分析し、対応をしていくことが重要だが、ウォルマートはあたかも企画書の中だけで対応策を考えているかのような遅さ、消費者の心をつかむことができない施策に終始している。

特に新型コロナウイルスの感染拡大により、人が密集するスーパーは避けられる傾向が生まれ、それが定着をしようとしている。これはウォルマートにとっても大きな打撃になっているはずだ。もはや、ウォルマート流の「魅力的な場を作って、消費者を引き寄せる」という方法論が通用しなくなっている。

ウォルマートも、カルフールに続き、重要な局面を迎えている。

 

お得意様ほど損をする?消費者が反発をする中国ECの「殺熟」とは何か

中国のネット民の間で話題になっている言葉が「殺熟」だ。ECサイトなどで、利用が長いお得意さんほど、販売価格が高くなったり、優待が薄くなってしまう「お得意さん殺し」といった意味だ。ECでは、利用者の生涯購入額を最大化させることを目指すため、このようなことが起きていると燃経済が報じた。

 

お得意様ほど損をする?利用者たちの不満

中国のネット民の間で、「殺熟」という言葉が流行している。「殺熟客」の略で、「お得意さんをないがしろにする」といった意味だ。「殺す」というのは強い言葉だが、語感としては日本の「殺」ほど強い意味はない。「殺暑気」は暑気払いにかき氷を食べることだったりする。

それにしても「お得意さんを殺す」とは穏やかではない。いったいどういうことなのか。

 

お得意様ほど優待幅が小さくなる現象

中国のECサイトでは、もはや定価、希望小売価格というものが存在しないにも等しい。人によって価格が異なるのだ。常に「優待」キャンペーンが行われていて、優待の内容は人によって異なる。そのため、実質的な購入価格は人によって違ってくる。

これは多くの人が納得をしている。しかし、ネット民が納得ができないのが、優待は「よく購入するお得意様」に厚くあるべきなのに、多くのECサイトではお得意様の優待が薄くなる傾向にあることだ。つまり、そのECを利用すれば利用するほど損になる傾向があり、これが「殺熟」と呼ばれ、問題視されるようになってきている。

例えばアリババのEC「淘宝」(タオバオ)で、ニューバランスのあるスニーカーは369元(約5700円)で販売されている。しかし、ある人には20元の優待がつき349元なのに、ある人には75元もの優待がつき、294元で買うことができる。

しかも、タオバオを古くから利用しているほど優待の幅が小さくなる傾向があるのだ。

 

ECは利用者の生涯購入額を最大化しようとしている

これは、多くのECが優待幅を「お得意さんへの感謝の度合い」で決めているわけではなく、「その人の生涯購入額を最大化する」という観点で決めていることから起きている現象。そのため、お得意さんには「釣った魚には餌をやらない」的なことが起きているのだ。

多くのECでは、そのような説明ではなく、「新規購入者の優待幅が大きいため、一部でこのような現象が起きる」と説明している。

 

人によって販売価格そのものも違っている

しかし、事情はもっと複雑なようだ。燃経済編集部が調査をしたところ、優待の幅だけではなく、人によって商品の販売価格そのものが異なることが確認された。さらにそこに異なった優待が適用される。

それだけではない。タオバオで「百億補助」キャンペーンが実施されている期間に、タオバオの百億補助キャペーンのバナーから、同じ豚バラ肉を探したところ、159元の販売価格で、補助金が32元ついて、実質127元で購入ができる。しかし、この店舗をブックマークしておき、通常の入り口から同じ商品を探したところ、補助金がつかないのは当然としても、価格そのものが168元になっていた。これはもう「頭を焼きつくすゲーム」だと、燃経済は評している。

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▲同じ豚肉が「百億補助」キャンペーンの入り口から入ると159元だったものが、通常の入り口から入ると168元になっている。同じ人でも、入り口が違うだけで、優待適用前の販売価格が違っている。これはもう「頭を焼きつくすゲーム」だと評されている。

 

ECは否定をするものの、利用者は不満

燃経済は、利用者によって販売価格が異なることに対する説明をアリババと京東(ジンドン)に対して求めたところ、アリババは回答がなかった。京東では、市場の需給を見て、販売価格を変えることはあるとしながらも、ビッグデータを解析して利用者によって販売価格を変えるロジックは導入していないと回答した。

しかし、ベンチャーキャピタル「元一九鼎」の創業者、夏翌氏によると、ECサイトにとって、個人ごとに価格を設定するのは究極の姿で、EC側が売りたいものを推薦し、それを購入してもらい、利用者の生涯購入額を最大化することを考え、研究をしていることは間違いないという。

 

有料VIP会員の方が価格が高くなる?

この「殺熟」は、今では広く知られている。そのため、SNSでは友人同士で同じ商品の価格を教え合うことが増えている。ある洗顔クリームの価格を比べたSNSグループでは、VIP会員である二人がそれぞれに24.9元、21.9元だったのに対し、普通会員の人は16.03元だった。しかも2元の優待がつけられていた。

しかも、アリババのTmallなどでは「88VIP会員」の方が高い傾向にあった。88VIP会員は888元(約1万3700円)を支払って取得する有料会員制度で、常に5%引きが受けられ、その他のアリババサービスが優待で受けられ、平均で年間2000元は得ができるとされている。しかも、キャンペーン時期などには88元で会員資格が購入できることから人気のサービスとなっている。

しかし、88VIP会員になった途端に、商品価格そのものが高くなっている。これはおかしいのではないか。中には騙されたという人も出てきている。

殺熟問題は、以前はそういうことがあっても、仕方ないとあきめられているようなところがあった。嫌なら別のECで購入すればいいことだ。しかし、有料の88VIP会員が絡むと事情は違う。他のECでも、有料会員の方が価格そのものが高く表示される問題が生じている。そこから、多くのメディアが取り上げる問題になってきた。

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SNSでは、知り合い同士あるいは見知らぬ人同士で、同じ商品の価格を比較する情報が盛んにやり取りされている。

 

均一価格という利便性が失われている

中国の一般商店では、希望小売価格や定価というものはあってないようなものだった。顧客は価格交渉をするのが当たり前で、商店主はその顧客の利用頻度などを考えて、値下げ幅を決める。しかし、社会のテンポが速くなるにつれ、すべての買い物がそれでは日常生活の負担が大きくなり始めた。そこに、均一価格のスーパーが登場し、ECが登場してきた。ECは、価格がすぐにわかって、買うか買わないかと決めることができるという利便性があった。高いと思えば、別のECを探すか、買うのをやめればいいのだ。

しかし、ECはビッグデータを利用して、収益を最大化するために、顧客の購入履歴から最適価格を表示する仕組みを導入していると推測されている。消費者からすると、ECの利便性のひとつが失われてしまったことになる。

 

利益の最大化、顧客の継続維持が生んでいる「殺熟」

ECがこのような顧客ごとに価格を変える水平ダイナミックプライシングをする理由は、ひとつは顧客の生涯購入額を最大化し、利益を最大化するためだ。つまり、「たくさん買った人」が得をするのではなく、「これからたくさん買うであろう人」が得をする仕組みになっている。そのため、一部の商品で殺熟現象が起きてしまう。

もうひとつの理由は、顧客の継続率を維持するためだ。新規顧客を獲得するには、広告や優待クーポンなどのコストがかかり、この新規顧客獲得コストは年々上がり続けている。そのため、新規顧客を獲得するより、既存顧客を維持した方が、全体の会員数維持コストは低くなる。そこで、「退会してしまいそうな人」には価格を下げたり、優待を厚くして、逃げないようにするという目的もある。

いずれにしても、ECに利益をもたらさない人、つまり滅多にかわず、セール品だけを買い、顧客サポートは頻繁に利用する人、やたらに返品が多い人などは、ふるいにかけられ、優待は薄くされ、場合によっては価格そのものが高くなり、排除されていく可能性もある。

ECのビッグデータ解析技術が進み、消費者を選別する時代が始まろうとしている。

 

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Tik Tokのバイトダンスが次に狙うのはオンライン教育市場か

抖音(ドウイン、Tik Tok)、今日頭条などで成功をしている字節跳動(ズージエティアオドン、バイトダンス)がオンライン教育に積極的に進出をしている。メディアでは、バイトダンスが次に狙っているのは教育市場ではないかという議論が起きていると億欧網が報じた。

 

オンライン教育市場に積極的になっているバイトダンス

バイトダンスがオンライン教育サービスに積極的に進出している。まるで、ニュースキュレーションの今日頭条、ショートムービーのTik Tokの次の柱の事業として、オンライン教育に焦点をあてているかのようだ。

実際、2018年春からは、毎月のように、教育サービスをスタートさせ、教育関連企業を買収、投資している。

メディアでは、バイトダンスが教育企業に変わろうとしているという観測まで流れるほどだ。


Who We Are

▲gogokidの教材のひとつ。小学生が英語を学ぶ教材としては、質も高い。

 

教育分野を学ぼうとしているバイトダンス

しかし、バイトダンスが自ら開発をしたものはまだひとつもない。いずれも、他社が開発したものを買収して運営をしている。

バイトダンスの張一鳴(ジャン・イーミン)CEOはこう語っている。「バイトダンスはまだオンライン教育の領域において、根源的なイノベーションを起こしていません。私たちは教育分野に深い知見があるとは言えないのです」。

現在、バイトダンスでは20以上のオンライン教育サービスを運営している。しかし、Tik Tokや今日頭条のようなバイトダンス風の斬新さは特にない。教育サービスを買収して、運営チームを統合している最中で、バイトダンスが教育領域を学ぶ段階にある。

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▲バイトダンスがリリースしているオンライン教育プロダクト。ただし、バイトダンス内部で開発したものはほとんどなく、プロダクトを買収して改変してリリースしているものばかりだ。

 

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▲バイトダンスは、オンライン教育関係の企業の買収、投資も進めている。

 

バイトダンスのイノベーションは「格差の緩和」

テックジャイアントと呼ばれる企業は、プロダクトによって大きな社会課題を解決している。アリババはECによって、商売の形態と距離という制限を打ち破り、中国経済に大きな貢献をした。テンセントは、SNSにより、中国人のコミュニケーションの制限を打ち破った。だからこそ、多くの人に利用されるプロダクト、サービスに育っていく。

では、バイトダンスは今日頭条やTik Tokで、中国のどのような社会課題を解決したのだろうか。それはアジア全域に存在する格差を緩和したことだと億欧網は指摘する。

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▲抖音(Tik Tok)は、もはや若い女の子がダンス映像を披露する場ではなくなっている。ニュース映像なども配信されるショートムービープラットフォームになっている。写真は中央電子台が配信している映像。アナウンサーの日常や、南沙諸島で取材した映像などが配信されている。

 

グローバル経済が格差を広げている

清華大学歴史学の秦暉教授は、2018年に上海で「グローバリズムが不平等を拡大させる」という講演を行った。グローバリズムは地球全体で考えれば好ましいことだが、ひとつの国の中では矛盾を生じさせる。80年代に経済のグローバル化が進むと、資本が過剰になっている欧米先進国は、労働力が過剰になっている途上国に資本を投下した。これにより、製品の価格が下がり、それを先進国に輸入することで、誰もがグローバル掲載の恩恵を受けた。先進国では物価が安くなり、途上国では所得が増え、先進国も途上国も経済が急速に発展をした。

しかし、時間とともに先進国の資本は過剰ではなくなり、途上国の労働力も過剰ではなくなった。その中で、ひとつの国の中での所得の再分配がじゅうぶんに行われなくなり、富めるものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなる現象が起こり始めた。例えば、韓国ではサムスンヒュンダイ、LG、SK、ロッテの5大財閥の総資産は、韓国全体の資産の57%を占めている。サムスンの収入は、韓国GDPの20%にもなるようになっている。

 

富めるプロセスが途中停止し、格差の固定化が生じた

中国でも事情は同じだ。改革開放が始まり、「富めるものから富んでいけ」という政策の下、一部の者が豊になり、それが中国全体に波及をして、最終的には全員が豊かになるという考え方だった。ところが、一部の者が冨み、経済格差が以前よりも大きくなったところで、グローバル経済危機が起こり、「富む」流れが止まり、格差だけが固定化してしまった。

今日頭条、Tik Tokなどのバイトダンスの製品は、このような格差拡大を緩和させる働きをしたと指摘されている。2つのアプリで配信される情報には格差は存在しない。貧困の農村でも、都市と同じ情報を享受することができる。テレビニュース、新聞などという堅苦しいフォーマットに整えられた情報ではなく、普通の人々の生の感覚に触れることができる。自然以外何もない農村の若者が、北京の最先端の街の若者の感覚に触れることができるのだ。


Tik TokライブECには農村が多数参加

Tik TokがライブECの機能を開始したところ、バイトダンスですら意外だったのが、そのライブECの機能を使って販売を始めたのは、農村の若者たちだった。Tik Tokを使っていた農村の若者たちが、ライブECの機能を使って、生産している農産品の販売を始めたのだ。

コロナ禍によって、農産品の流通が滞った問題を解決するため、バイトダンスは「戦疫助農」という公益活動を行なった。ライブECで農産品を販売してもらうというものだ。これに地方の県長が37名も参加し、県長自らライブECに登場し、農産品を紹介し、合計で3.2億元(約48億元)の売上があった。

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▲Tik TokライブECが開催した「戦疫助農」には、県長が自ら登場し、地元の農産品の販売を行った。

 

情報格差を緩和するオンライン教育

バイトダンスは、情報の格差問題を解決しようとしており、今日頭条もTik Tokもその使命を担っている。そのバイトダンスが、オンライン教育に注目をするのは当然のことでもある。オンライン教育であれば、大都市の子どもたちも農村の子どもたちも同じレベルの教育を受けることができる。

バイトダンスの当面の課題は、教育領域でバイトダンス流のイノベーションを起こすことだ。今日頭条、Tik Tokでは、人工知能を使って、コンテンツのリコメンドシステムにイノベーションを起こし、利用者が読みたい、見たいコンテンツが次々と現れるという状況を作り出した。

バイトダンスの教育サービスにも人工知能が活用されているが、他の多くの教育サービスと大きくは変わらない。子どもたちが、Tik Tokのように中毒になってしまうほど勉強してしまう教育サービス、やればやるほどみるみる成果があがる教育サービス、そういうものを生み出せるかどうかにかかっている。

バイトダンスは、既存の事業で大きな収益を生み出しており、新たに教育サービスを展開して、さらに収益を上乗せすることに大きな意味はない。教育の領域で、バイトダンス流のイノベーションを起こし、教育格差という社会課題の解決ができるかどうか、そこが期待されている。

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▲オンライン教育サービス「大力課堂」。教師と生徒で、タブレットに書き込んだ情報をやりとりできる。