中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

新小売化で売上を伸ばした百貨店「銀泰百貨」。その鍵はスタッフと顧客のバインドの強化

中国でも、高級品を正価で販売する百貨店は、どこも苦しんでいる。同じものがECでずっと安く購入できるからだ。その中で、銀泰百貨はアリババと協働して新小売化を進め、売上を伸ばすことに成功している。新小売化することで、効率化をコストを下げるだけでなく、スタッフと顧客のバインドを強化することに成功したからだと中国新聞網が報じた。

 

苦境に立たされる都市型百貨店

銀泰百貨(Intime)は、杭州、北京、武漢など9都市28店舗を展開する大型百貨店。主力商品は、化粧品や女性用衣類で、伝統的なスタイルの百貨店だ。都市の中心部に出店をしており、価格は高め、高級品を中心に、経済的に余裕のある都市ホワイトカラーに支持されている。

近年、中国でもこのような伝統的スタイルの百貨店は、軒並み経営に苦しんでいる。ECを使えば、同じものがかなり安く手に入るからだ。商品を見るために百貨店に行き、気に入った商品を見つけたら、ECで安く手に入れる。そういうショールーム化も起きている。

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▲銀泰百貨は杭州市を中心に、9都市28店舗を展開する百貨店チェーン。高級品を正価で販売するスタイルの百貨店は、どこも伸び悩んでいる。その中で、銀泰百貨は新小売化をすることで、売上を伸ばしている。



新小売化をすることで業績を伸ばす銀泰百貨

その銀泰百貨が新小売に対応することで、業績を伸ばしている。「2018ー2019中国百貨小売業発展報告」(中国百貨商業協会)によると、調査をした90の百貨店チェーンのうち、38チェーンが売上が前年割れになっている。その中で、銀泰百貨は37%も売上を伸ばし、中国の百貨店チェーンの中では最高の伸び率となった。オンライン会員は1000万人を超え、売上の30%程度がオンラインからのものとなっているという。

5年で、EC化比率を50%にする目標を立てており、それが達成されれば、ネット上にもうひとつの銀泰百貨チェーンが出現することになる。

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▲銀泰百貨では、化粧品を中心に新小売化を進めている。補充買いの人はECを利用し、アドバイスを求める人が店頭を利用するようになり、売り場スタッフは「売り子」ではなく「コンシェルジュ」になっていった。

 

補充買いはECに、アドバイスが必要な顧客は店舗に

銀泰百貨では、独自のECアプリ「街」を使って、店舗在庫を翌日以降配送する店舗型ECを行っていたが、本格的に新小売化が始まったのは、2017年1月にアリババと提携して始まった「私有化粧品購」計画だ。26億ドル(約2900億円)を投資するという大規模なものだった。

化粧品売り場に関しては、宅配便ではなく、アリババの即時配送を活用し、10km圏内2時間配送を行う。現在18店舗で実施されている。また、10-30km圏内への翌日配送も一部の店舗で試験中だ。

最も歓迎されているのは、10km圏内2時間配送で、銀泰百貨は市の中心部に店舗があることが多く、その周りにはオフィス街が多い。そのため、「出社したけど口紅を忘れた」「午後から来客がある、出張にいくのでファンデーションがすぐ欲しい」というニーズが相当数ある。

商品が決まっている消耗品の補充購入はECに流れ、新しい商品を探してカウンタースタッフのアドバイスがほしい顧客が店舗にくるようになり、スタッフの業務負担は減り、しかも、本来のアドバイザー、コンシェルジュとしての業務に割ける時間が増えた。しかも、店舗発信のECであるため、ECの売上も店舗の売上になるため、売上高は2年前から倍増しているという。

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▲店頭でも、顧客のEC、店頭での購入履歴を簡単に見ることができるため、スタッフの専門知識だけでなく、データも見て、パーソナルなアドバイスができるようになっている。

 

コスト削減分は共通クーポンで還元

特に大きな効果があったのがクーポンキャンペーンだ。銀泰百貨では、新小売に対応し、販売コストが下がって売上高が増加した。その利益分を、価格を下げるのではなく、会員向けに優待クーポンを配布することで還元をしている。

このようなクーポンは、店頭販売のみの時代は、印刷をして配布をしなければならず、顧客から見れば店頭までいかなければ利用できないものだった。それが現在では、街アプリなどに配信をしている。

店頭、ECで共通したクーポンであるところがポイントで、忙しくて店頭にこれない消費者が、クーポンの有効期限間際にECで注文をする。「クーポンはたくさんもらえるのに、結局、使う機会がない」という消費者の不満を解消したため、クーポン利用率が大きく上昇している。

 

消費者とのバインドを強化する「淘姐」

また、2019年4月には、「淘姐」と呼ばれる100名のスタッフからなるチームを立ち上げた。淘姐とは、「カウンターを探す女性スタッフ」といった意味で、カウンタースタッフが販売している商品を取り上げて、Tik Tok風のショートムービーで紹介をするというものだ。

100人のスタッフは内容をそれぞれに工夫をし、単なる商品紹介ではなく、街中に出てどのようなシーンでどのような商品が映えるかを紹介するなど、Tik Tokの網紅(インフルエンサー)に近い動画を配信するようになっている。

昼休みにこの動画を見ている人は多く、紹介した商品が昼すぎに2時間配送でオフィスに配送する注文が大量に入るという。

また、この淘姐には、会員がチャットで連絡を取ることもでき、商品の詳細について直接尋ねることも可能だ。

従来のカウンタースタッフは、カウンターでずっと立って、客がやってくるのを待つのが仕事だった。しかし、今ではカウンターの奥に座って、スマートフォンでお客に対応するのが大事な仕事になっている。

また、淘姐はカウンターで働くスタッフなので、来店客が「あの動画を配信した人」として、気軽に声をかけてくるようになった。スタッフの「顔が見える」状態になり、店頭でもスタッフを指名して、商品購入の相談をする人が増えている。

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▲淘姐による商品紹介のショートムービー。実際の売り場スタッフが配信をするため、店舗に行けば実際にその人がカウンターの中にいる。スタッフと顧客のバインドを強化することにつながっている。

 

新小売は効率化だけでなく、顧客とのバインドを強化する

新小売は、オフライン購入体験とオンライン購入体験を融合することで、顧客の都合に合わせて様々な購入方式が選べるようになることが最大の利点だ。「店舗にいく時間がない、面倒だ」と感じればオンライン購入すればいいし、「現物を見ないと心配だ」と感じればオフライン購入すればいい。購入方式の選択の幅を広げることで、購入体験の痛点を消滅させ、購入機会を増やすことが狙いだ。

銀泰百貨の新小売は、それだけではなく、スタッフと顧客の結びつきを強化する施策にもなっている。百貨店という大きな商店で、顔なじみのスタッフがいるという人はそう多くはない。その百貨店でしか買い物はしないという一部の富裕層に限られる。

しかし、淘姐はオンラインで顔馴染みになることができる。新しい商品の購入相談なども気軽にできるようになった。会員のデータは自動的に集積されており、店舗側では、その顧客の基本情報や購入履歴を見ることができる。淘姐はそれを見て、適切な案内をすることができる。このようなデータは、銀泰百貨全体で共有されているため、旅行先、出張先などでも銀泰百貨を利用すれば、適切な購入アドバイスをしてもらえる。

銀泰百貨は、新小売を顧客の利便性、店舗の効率化ということだけでなく、顧客との結びつきをいかに強化するかという目的で活用している。

 

 

2019年に中国ITビジネス業界で注目を集めた8つのキーワード

QuestMobileは「2019年中国モバイルインターネット8大キーワード」を公開した。2019年に中国ITビジネス業界で注目された8つのキーワードを解説したものだ。その8つとは「マタイ効果」「下沈市場」「全景生態流量」「広告価値」「国産ブランド」「グループ特性」「新小売」「モバイル金融」だ。

 

マタイ効果

マタイ効果とは、マタイ福音書にある「持てるものにはより与えられ、持たざる者からはわずかなものまで奪われる」という一節を引いたもので、つまりは「二極化」のことだ。

中国のインターネットはほぼ成熟をした。2019年にネットユーザーは8.54億人となり、モバイルネットユーザーもほぼ同数となった。つまり、ほぼ全員がスマートフォンからアクセスするようになっている。

また、スマホからのネットアクセスの月間アクティブユーザー数(MAU)は、2019年になって、11.3億程度でほぼ頭打ちになっている。

このような状況の中で、各領域でアクセストップのアプリがほぼ決まり、そのアプリにユーザーが集中するようになっている。各領域で、全MAUの半分以上のMAUを集めるトップアプリが全体の2/3になっている。つまり、2/3の領域で、アクセストップのアプリによりユーザーが集まるようになっている。

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▲中国のインターネットユーザーの伸び。黄色がスマートフォンからのユーザー。現在のネットユーザーは8.54億人となり、ほぼすべてがスマホユーザー。ユーザーの伸びは頭打ちになっている。

 

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▲月間アクティブユーザー数(MAU)は11.35億人となり、こちらも完全に頭打ちになっている。

 

下沈市場

下沈市場とは、第3級都市以下、農村に住む消費者のこと。1級都市、新1級都市、2級都市といった大都市ではもはやユーザー数の成長は望めなくなっている。しかし、下沈市場と呼ばれる地方都市、農村では、スマートフォンが普及したばかりで、ユーザー数の成長が望める。

2019年、MAUの成長率が高かった4つのアプリ「優ビデオ」「萌推」「快影」「七猫免費小説」のユーザー居住地を調べていみると、いずれも3級都市以下の比率が平均よりも高くなっている。

ネット全体の成長は止まっているが、下沈市場を積極的に狙うことで、まだ成長をすることができる。

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▲成長率が高かった4つのアプリは、いずれも下沈市場の利用者が多いことが特徴になっている。

 

全景生態流量

モバイルサイトのページビュー(PV)、アプリのMAUなどを個別に考えるのではなく、さまざまなチャンネルの利用数を総合的に考える必要が出てきている。中国ではミニプログラム(アプリ内アプリ)のアクセス数が急増しているからだ。ひとつのサービスの流量を測定するとき、このようなさまざまなチェンネルの流量を総合的に考える必要が出てきている。

このような総合的な流量の多いアプリの内訳を見てみると、その比率はさまざまであることがわかる。モバイルサイトで流量を集めているサービス、アプリで集めているサービスもあるが、すでにミニプログラムにより流量を集めているサービスなども出てきている。

今後は、モバイルサイト、アプリ、ミニプログラムをいかに効果的に組み合わせて、総合的な流量を上げていくことが大きな目標となる。

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▲各サービスの全景生態流量。「独自流量」(ウェブ)がまだまだ多いが、アプリからの流量が多いサービス、ミニプログラム(小程序)からの流量が多いサービスなど、流量の入り口が複雑化している。

 

広告価値

ネットユーザーが頭打ちになっているだけでなく、一人当たりのネット利用時間も頭打ちになってきている。これはネット広告業界にとってみると、成長空間がもはやなくなったということだ。

そのため、広告主は、コンバージョンをより重視するようになり、コンバージョンを上げられるメディアに広告が集中するようになる。

QuestMobileは、各メディアの広告量、コンバージョン率などから、広告メディアとしての強さを測る指標「メディア地位指数」(QMVI)を産出している。このQMVIランキングを見ると、上位3位までが新しいタイプのメディアで占められた。「今日頭条」(ニュースキュレーション)、「抖音」(Tik Tok)、「快手」(Tik Tok同様のショートムービー)だ。

特にショートムービーは、購入にダイレクトに結びつくことから、今後はネット広告の多くが、このようなコンバージョンの高い強いメディアに集中していくと思われる。

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▲QuestMobileが独自に算出したメディア地位指数のランキング。広告価値の高いサービスのことだ。1位の「今日頭条」、2位の「抖音」(Tik Tok)はいずれもバイトダンスのプロダクト。3位の「快手」もショートムービーサービスだ。

 

国産ブランド

ファーウェイの国内でのスマートフォン販売量がiPhoneを抜き、さらにOPPOvivo、小米(シャオミー)など国産ブランドが伸びている。

それでもiPhoneが強いのは忠誠度の高さだ。iPhone 11を購入した消費者のうち、以前もiPhoneの旧機種を使っていた人が50.9%もいる。同様の忠誠度の高さはvivoでも起きている。vivoの場合、以前もvivoの旧機種を使っていた人の割合が、15.2%に達している。次第に忠誠度の高いユーザーを従えたブランドが形成され始めている。

この国産ブランドへの嗜好は、スマートフォンだけでなく、化粧品、家電製品、スポーツ用品などの多くの分野で始まっている。

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▲中国で選ばれているスマートフォンブランド。海外製品はアップルだけになったが、アップルは低迷気味。「華為」(ファーウェイ)などの国産ブランドが強さを増している。

 

グループ特性

消費者全体に対するサービスは、市場が頭打ちになった以上、もはや成長を期待することはできない。しかし、消費者をある特性で分けたクラスター別に見ると、成長空間が見えてくる。

現在、注目されている消費者グループは「下沈」(地方都市)、「美容・化粧」「小鎮青年」(地方都市の若者)、「都市」(一級都市)、「スポーツ」の5つだ。いずれも、似たような特性を持っていて、なおかつネットのMAUが増加している消費者グループだ。

このような消費者グループの特性に対して、適切なサービスを投入すると、まだ成長の余地がじゅうぶんにある。

例えば、「下沈」にはオンライン教育が有効で、MAUが283.1%も伸びている。また、「美容・化粧」にはフリマサービスが有効で、116.7%の伸びを示している。

消費者全体を漠然と考えるのではなく、特性により分けたクラスターを考え、そこに適切なサービスを提供することで成長を確保していくことができる。

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クラスターごとに見たMAU。「下沈市場」「化粧」「小鎮青年」「都市」「体育」(スポーツ)などのクラスターが注目をされている。

 

新小売

オンラインでの購入体験、オフラインでの購入体験を融合する新小売が、小売業に広がっている。スマホで注文すると、店舗に取り置き、あるいは短時間で配送してくれる。

カフェでは「ラッキンコーヒー」が有名だが、衣類の「ユニクロ」、雑貨の「メイソウ」などの新小売が浸透しつつある。

新小売のモデルとなったアリババのスーパー「フーマフレッシュ」の場合、大都市中心の店舗展開であるため、半数弱の利用者が1級都市の在住者になる。一方で、「ユニクロ」「メイソウ」は地方都市まで展開をしているため、新小売という新しいスタイルが地方都市にも広がり始めている。「ユニクロ」「メイソウ」の新小売サービスを展開するWeChatミニプログラムのユーザー分析では半数程度が地方都市からの利用になっている。

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▲WeChatミニプログラムを利用した新小売サービスの都市別利用者数。いちばん上がWeChat全体のもの。モバイルオーダーカフェ「ラッキンコーヒー」は都市利用者が多く、ユニクロは都市から地方までバランスよくカバーしている。低価格日用品の「メイソウ」は地方の利用者が多くなっている。

 

モバイル金融

金融と言っても、直接的な借金ではなく、クレジットカードの機能に近い。高額商品を購入するときに、分割払いやリボ払いなどを可能にするサービスだ。また、余剰金がある場合は、理財商品に投資をすることもできる。収入と消費のバランスを取り、必要に応じて、クレジット機能を実現して、支出を平準化してくれるというものだ。

分割払いの裏では借入金の利息が発生し、理財商品に投資をすると手数料が発生する。また、各銀行が顧客を獲得、囲い込みするために、この金融サービスを提供している。

このようなモバイル金融サービスは、都市の若者だけでなく、中高年、地方都市在住者の間にも広がり始め、各銀行による競争が激化をしている。

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▲金融理財アプリの利用者構成。2018年11月と2019年11月を比べると、「46歳以上」と「5級以下都市」の利用者が増加をしている。金融と言っても、サラ金のようなものよりは、クレジットカードのリボ払い、キャッシングの感覚に近い。

 

「中高年はキャッシュレス決済が苦手」はただの思い込み。導入に成功した台湾庶民派スーパー「全聯」

キャッシュレス決済というと中高年の利用率が上がらないとどの国でも問題になる。しかし、中高年はキャッシュレス決済が苦手なのではなく、現金で不自由を感じていない人が多いのだ。台湾の庶民派スーパー「全聯」は、顧客の大半が中高年。しかし、ECの攻勢に対抗をするため、わずか3年で中高年に独自のスマホ決済「PX Pay」を定着させることに成功したと何必WHYが報じた。

 

庶民派スーパー「全聯」が目指した独自スマホ決済

台湾に行くと、街中で目に付くスーパーは「全聯」(PX Mart)だ。大規模スーパーからコンビニサイズの小規模スーパーまで、台湾全土に1000店舗を展開し、徒歩20分圏内で、全人口の80%をカバーしている。品揃え的には特に変わったことはなく、優待、安売りが多い「庶民の味方」的なスーパーだ。

その全聯が、ECの脅威にさらされている。台湾でもShopee、PChome、momoなどのECが使われるようになり、実体店舗の経営が苦しくなり始めている。全聯も何らかの対抗策を考えなければならない。

そこで、全聯が始めたのが、独自のQRコードスマホ決済「PX Pay」だ。既存のキャッシュレス決済に対応するのではなく、独自のスマホ決済を始めることで、レジの業務効率を上げることでコストダウン、同時に顧客の囲い込みをしようと考えた。

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▲全聯は、台湾でいちばんよく見かけるスーパー。大型のスーパー店から、コンビニサイズの小規模店まで、台湾全土で1000店舗を展開する庶民派スーパーだ。

 

中高年もスマホは使っている。問題は習慣を変えるきっかけ

しかし、問題は、そう簡単に独自のスマホ決済を使ってもらえるかという大きな問題が立ちはだかる。全聯の主要顧客は、「ママとおばあちゃん」を中心にした中高年。台湾でもキャッシュレス決済は普及が進んでいるが、その主力は若者層であり、全聯の主要顧客である中高年の女性は、現金を使う人が多い。

一方で、50歳以上の人のスマートフォン使用率は94.5%にも達している。台湾ではほぼ全員がスマホを使っていると言っても間違いではない。また、50歳以上の人でもスマホ決済のことは知っている。ただし、実際に使おうと考える人、使っている人はごくわずかだ。

バイスは持っている、でもスマホ決済は使おうとしない。この状況を変えることができるか。全聯は、丁寧にステップを踏んで、独自のスマホ決済を普及させる作戦を組み立てていった。


【全聯福利中心】2019 全聯經濟美學 - PX Pay 支付教學

▲PX Payの紹介ビデオ。QRコードスマホ決済としては、一般的なもの。しかし、これを「ママとおばあちゃん」を中心にした中高年に普及させたところに、全聯の画期的な部分がある。

 

スマホ決済の前に中間段階として電子マネーカードを導入

スマホ決済を使わない現金派に、「なぜスマホ決済を使わないか」を尋ねたアンケートで、回答の第1位は、若者も中高年も「安全性が不安」というものだった。第2位は「現金決済に慣れているから」だが、若者の場合は38.9%がそう回答したのに対し、中高年は46.7%がと差がある。つまり、全聯の場合、中高年の「現金決済に慣れている」という習慣をどのようにして変えるかが鍵になる。

そこで、全聯はいきなりスマホ決済を導入するのではなく、2018年に電子マネーカードを全面導入した。事前にレジや専用機でチャージをし、それでタッチ決済するというものだ。

まずは、現金以外の決済方法に慣れてもらい、安全性に対する不安を払拭する。レジの業務効率は電子マネーカードでも効率化できる。それを通じて、現金以外の決済習慣を広めていこうとした。

そのため、ただ電子マネーカードを導入するのではなく、チャージの優待を行った。チャージをすると、その金額よりも数%多くチャージされる。お得感で、電子マネー利用者を増やしていった。

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▲中高年(50-64歳)、非中高年(18-49歳)それぞれに、なぜスマホ決済を使わないのかを聞いた結果。安全性と現金に慣れているという理由が多く、特に中高年では現金決済の習慣を変えたくないという人が多い。これをどう変えるかが大きなテーマになった。東方線上2018年調査。

 

電子マネーは大失敗。チャージ不足エラーが頻発

ところがすぐに課題が生じた。チャージ不足が多発をしたのだ。電子マネーカードに今いくらチャージされているかを知るにはチャージ機かレジで確認する必要があり、「ママとおばあちゃん」には今、いくら入っているのかがわからない。

そのまま、レジで決済しようとして、チャージ不足のエラーが出てしまうということが頻発した。結局、現金を出し直して、カードにチャージをし、それで再度決済をやり直すということになる。

レジの業務効率はかえって悪化をしてしまい、利用者には「やっぱり電子決済は面倒。現金の方がわかりやすい」というネガティブな印象を与えてしまうことになった。大失敗だった。

 

お釣りを自動でチャージ。お得なポイントカードとして再導入

そこで、2019年1月、全聯は次の作戦を実行する。それは、電子マネーカードで決済をするのではなく、現金で決済してもらうが、お釣りを電子マネーカードに戻すという方式だった。これであれば、「ママとおばあちゃん」にも慣れているポイントカードの感覚で使える。レジで残高を確認して、決済額より残高が大きい場合のみ「電子マネーカードでも支払えますよ」と案内する。

お釣りを返す手順がなくなり、レジの効率は大きく改善し、消費者は現金を出さずに電子マネー残高で決済ができると、得をしたかのような気分になった。さらに、最初から電子マネーカードで決済をした場合は、一定確率でくじが当たって、自動的に当選金額がチャージされる仕組みも導入した。これで、くじに当たりたい人は、事前に残高をチャージ機で調べておき、最初から電子マネーカードで決済をする人も増えていった。

つまり、電子マネーカードを決済ツールではなく、「お釣りやくじでポイントが溜まっていく、お得なカード」として活用したのだ。全聯としては、現金以外の決済方式に慣れてもらうのが目的なので、それでよかった。

2018年は電子マネーカード利用者が31.3万人だったが、この施策を行った1ヶ月後の2019年2月には61.3万人に急増した。多くの人が、キャッシュレス決済カードとしてではなく、「お釣りやくじでポイントが貯まるお得なカード」「ポイントが貯まるとそれで買い物もできる」と認識していた。

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▲台湾のレジの接客は、一般的に丁寧で親切。スマホ決済の使い方が分からなくても、レジスタッフが親切に押してくれる。全聯は、スマホ決済をレジ業務効率を上げるだけでなく、全聯と顧客の結びつきを強化するためのツールとして捉えている。

 

スマホなんでも相談をする「ママさんヘルバー部隊」を配置

そして、2019年5月から順次、スマホ決済「PX Pay」を導入していった。専用アプリを入れることで、QRコード決済ができる。チャージをして決済するのが基本だが、クレジットカードの決済も可能。また、電子マネーカードと紐づけることで、電子マネーカードのチャージ金額を移動させることもできる。

しかし、全聯の主要顧客である「ママとおばあちゃん」にとって、スマホに決済アプリを入れ、さまざまな登録や設定をするというのは敷居が高い。

そこで、全聯は、主要顧客と同世代の「ママさんヘルバー部隊」を組織した。各店舗の中高年女性スタッフに、顧客のPX Pay導入をヘルプするのが仕事だ。一人あたり20分をかけるのだという。アプリをインストールして、設定をするだけでなく、顧客のスマホの空き容量が少なくてインストールできない場合は、相談しながら不要なアプリを削除していくことまでする。さらにはスマホ相談、世間話もするため、1時間以上かかる例もあったという。

しかし、これが地域の顧客と店舗の結びつきを強化することになった。顧客にとっては、同世代のスタッフと顔なじみになったため、決済アプリ以外のことも気軽に相談をされるようになった。

全聯のPX Payの狙いは、「顧客との結びつきを強化し、囲い込みをする」ことなのだから、この「ママさん部隊」は大成功だったのだ。

さらに、2019年10月には、PX Pay利用者が、知り合いにPX Payを導入してインストールさせると、20台湾ドルの優待チャージが受けられる紹介優待制度も導入した。

2019年12月には、200万人の電子マネーカード会員がPX Payに移行し、さらに300万人の新規会員を獲得することに成功した。この新規会員のうち、60%は紹介優待制度によるものだ。

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▲PX Payでは、さまざまな優待制度も行っているが、日本や中国のスマホ決済と比べると控え目。全聯の素晴らしいところは、顧客と同年代のアドバイザーを店舗に配置し、店舗と顧客の結びつきを強化したところにある。

 

新小売サービスPX Go!もスタート

全聯はさらにEC「PX Go!」も開始した。スマホアプリから商品を注文し、宅配してもらえるもので、決済はもちろんPX Payで行われる。

ここにも全聯は工夫をしている。ECというよりも、主要顧客である「ママとおばあちゃん」の視点に立ったサービス展開をしている。もっとも使われているのは、お米、油、液体洗剤といった重たい商品、トイレットペーパーのようにかさばる商品だ。全聯の顧客の多くは自宅から歩いて買い物にやってくる。「ママとおばあちゃん」にとって、重たい商品を持って帰るのはかなりつらいことになる。そこで、店舗で「PX Go!で注文すれば楽ですよ」とママさん部隊が促していく。店舗で買って、宅配してもらえる新小売的な販売方法だ。

もうひとつは分割配送だ。コーヒー、紙おむつ、ティッシュペーパー、鶏肉などを大量パックで販売し、それを定期的に分割して宅配してくれる。顧客からすれば、消耗品が切れているかどうかを気にかけることから解放される。また、PX Pay会員の知り合いと共同して購入することもできる。もちろん、大量一括購入になるので、価格的には割安になっている。

このような宅配は、中央倉庫からではなく、店舗ごとに店舗在庫から配送をする。現在まだ達成できていないものの、注文から2時間で配送することが目標だ。全聯は徒歩20分圏内で人口の80%をカバーしているとはいえ、それは地図上のことで、実際に20分歩いて店舗にやってきてくれる顧客は多くはない。より近い他店スーパーやコンビニを利用していることだろう。PX Go!は、このような圏内の遠方客を取り込むことも視野に入れている。

2019年11月に始まったPX Go!はわずか1ヶ月で3000万件の注文を獲得することに成功した。

 

デジタル対応で、将来の中高年にも対応完了

中高年を主要顧客とする全聯は、普通に考えたら将来性があるとは言えない。若い世代は、現金よりもスマホ決済を好み、実体店スーパーよりもECとコンビニを好むだろう。若い世代が年をとって中高年になる頃には、現金決済中心のスーパーは市場を失ってしまうことになる。

しかし、電子マネーカードから始まって、全聯はスマホ決済を導入し、新小売ECまでスタートさせた。現在の中高年顧客の「スマホ決済はよくわからない」「重たい荷物を持って帰るのは苦痛」という痛点を解消したばかりでなく、若い世代のライフスタイルに合った形にもなった。

その成功の鍵となったのが、「丁寧な施策」と「スピード感」だ。スマホ決済に不安を感じている顧客に対して、同年代のスタッフを対応させ、丁寧に掘り起こしをしていく。そして、いきなりスマホ決済ではなく、電子マネーカードを間に挟み、ステップを踏んで、利用者に慣れていってもらう。

全聯は、この一連の施策を最初からロジックとして組み立てていた。そのため、スピード感も異常に早い。電子マネーカードの導入が始まったのは2018年。そして、わずか1年後にはスマホ決済導入、2年後には新小売EC導入まで進んでいる。

このスピード感が、顧客に対して「どんどん便利になっている」と感じられている。「中高年は現金派でキャッスレス決済を使わない」は単なる思い込みでしかないことを全聯は証明した。

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広告メディアとしてのTik Tok。その驚異のコンバージョンの秘密

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明日、vol. 012が発行になります。

 

日本でもTik Tokが人気アプリになっていることは広く知られています。このTik Tokを開発したのは、北京のバイトダンスで、中国では「抖音」(ドウイン=音に合わせて体を動かすの意味)と呼ばれ、この国際版がTik Tok(ティックトック)です。


Tik Tokは、日本では「女子高生に大人気」と冠をつけられることが多く、中国でもサービス開始登場は若い女性に圧倒的に支持されました。しかし、現在では、男女問わず、広い世代が使うようになっています。すでに「口パク、ダンス映像」だけではなくなっていて、ニュース映像や旅行案内、料理レシピ、ギャグなどさまざまなムービーがアップロードされています。コンテンツのバラエティは、YouTubeと同じように広くなっています。YouTubeのショートムービー版と言えば、わかりやすいかもしれません。

 

Tik Tok(中国の話なので厳密には抖音ですが、Tik Tokと表記します)の人気は圧倒的です。「バイトダンス深度報告」(国盛証券)によると、2019年第2四半期には月間アクティブユーザー数(MAU)が4.8億人となりました。ユーザーの1日の平均利用時間は62分となっています。
バイトダンスは、これ以外にもニュースキュレーションアプリ「今日頭条」、動画共有アプリ「西瓜視頻」「火山小視頻」などがあり、いずれもMAUが1億人越えのモンスターアプリです。


中国人がインターネットを利用する総時間のうち、なんとバイトダンス製アプリの使用時間が全体の12.5%にもなっています。バイトダンスの躍進ぶりは、中国メディアも「中国インターネット史上かつてなかった規模と速度の成長」というほどです。


ユーザーから支持されただけではありません。Tik Tokは広告収入の効率がきわめて高いのです。後ほど、SNS「ウェイボー」、動画共有サービス「ビリビリ」との広告収入の比較分析をご紹介しますが、Tik Tokは、ウェイボーの約3倍、ビリビリの約10倍の効率で広告収入を稼ぎ出します。
広い人気を得たサービスというだけでなく、効率よく広告収入を生み出すメディアなのです。なぜそんなことが可能になったのか。それはバイトダンスが、情報の配信テクノロジーに革新を起こしたからです。今回は、その情報配信に関するバイトダンスの革新的テクノロジーについてご紹介していこうと思います。


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下沈市場の消費力は都市と遜色がない。マス広告に影響されない新たな巨大市場

企鵝智庫は「2019-2020下沈市場ネット民消費&娯楽白書」を公開した。下沈市場とは、地方や農村の市場のこと。ECなどの多くのビジネスが都市部ではすでに飽和をしている。そこで、脱出口として下沈市場が注目されている。下沈市場の中年の消費力は都市と遜色がなく、また、マス広告にも左右されないという下沈市場特有の性質も明らかにされている。

 

注目される「下沈市場」

中国のマーケティング界隈で、今最も注目されているキーワードが「下沈市場」だ。下に沈んだ市場とは、地方都市や農村のこと。1級都市と2級都市までが都市市場だとすれば、3級都市以下農村までが下沈市場ということになる。要は「地方市場」ということになる。

なぜ地方市場が注目されるのか。それは都市市場があらゆる面で飽和をし始めているからだ。

さらに、中国では急速な少子化が進んでいる。人口ピラミッドを見ると、現在の45歳から54歳までと30歳から34歳までが突出して多く、50歳前後のピークは改革開放からの経済成長を、30歳のピークは昨今のIT革命による経済成長を支える消費者群だった。その人口ボーナスが消える。

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▲中国の人口ピラミッド。ECなどのビジネスが都市で飽和をし、さらに急速な少子化が始まっている。そのため、小売業は地方の下沈市場に注目するようになっている。PopulationPyramid.netより引用。

 

スマホ利用者数では地方都市が大都市を上回る

中国の都市と農村といえば、従来は大きな格差があった。それゆえ、都市では農村から安価な労働力を利用して発展をしてきた。しかし、この格差もかなり解消されてきている。

大都市人口(1級都市から2級都市まで)の人口は、約3.9億人だが、下沈市場人口(3級都市以下)は約10億人もいる。都市に比べてスマートフォン利用率は低いものの、絶対数で比べると、すでにネット民の数は下沈が、都市を上回っている。3.96億人の地方人がネットを使っている。これは米国の総人口とほぼ同じ規模だ。

しかも、ネット利用率は伸びていて、収入の伸びも都市よりも大きい。まだまだ消費力では都市には及ばないものの、将来有望な市場として、ECを始めとするITサービスが期待をしている。

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▲大都市、地方都市のスマホ利用者絶対数。人数では、すでに下沈市場の方が大きくなっている。

 

都市住人と変わらない消費力を持つ下沈中年

収入格差はまだあるものの、消費面ではその格差は急速に縮まっている。都市の1月の平均消費額は4055元だが、下沈の平均は2960元。さらに18歳から30歳までを「青年」、31歳から45歳までを「中年」として比較すると、下沈中年の平均消費額は3230元となり、都市の格差はかなり小さくなる。

さらに、毎月給料を使い切って、貯蓄額が0円の「月光族」の割合も、下沈中年では都市とほとんど変わらない。毎月の平均貯蓄額も1757元と都市と遜色がなく、下沈中年の収入が上がってきていることが伺われる。地方都市の物価の安さを考えると、生活水準では都市とほぼ変わらない。そういう人たちが、スマホを使い、ITサービスを使うようになるのは当然のことだ。

ただし、下沈の若い世代である下沈青年は、まだ収入が低く、月光族の割合も高い。

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▲都市と下沈市場の収入別構成。下沈市場は都市よりも総じて収入が低い。31歳から45歳までの下沈中年では、都市と遜色がなくなってきている。

 

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▲平均消費額も下沈は都市より低いが、下沈中年では都市に迫るようになっている。

 

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▲貯蓄額を見ても、都市と下沈中年の格差は縮まっている。また、月光族(毎月の収入を使い切ってしまう貯蓄ゼロ世帯)の割合も、都市とほぼ同じになっている。

 

教育を重視する下沈中年、娯楽を重視する下沈青年

下沈市場では、どのような消費を重要視しているか、3つ選んでもらうと、「都市」「下沈青年」「下沈中年」で大きな違いはない。ただし、下沈中年は都市よりも子女教育を重要視し、服飾、娯楽、美容化粧といった自分が楽しむ消費に関しては重要視をしていない。

また、下沈青年が子女教育を重要視していないのは当然としても、服飾、娯楽、美容化粧といった自分が楽しむ消費については、都市よりも重要視している点が注目される。

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▲どのような消費を重視しているかを尋ねたアンケート結果。下沈青年は都市よりも娯楽系を重視し、下沈中年は都市よりも子女教育を重視している。

 

国産ブランドに対する肯定感が強い下沈中年

下沈市場の大きな特徴が、国産品に対する肯定感だ。都市部では、国産品はまだまだ品質を高める必要があると考える人がいるが、下沈市場では国産品に対する肯定感が強い。特に、購買力の面で都市と肩を並べるようになった下沈中年は、国産品志向が強い。

都市の消費者は、海外ブランドと国産品を並列に並べて比較ができ、下沈ではまだそこまで海外製品が身近ではないということもあるが、国産品を肯定的に見ている購買力のある下沈中年は、中国企業にとって大きな市場になっている。スマートフォン、家電製品、化粧品などでは、国産品志向の傾向が明らかになってきている。

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▲国産ブランドに対して肯定的な人の割合は、下沈市場の方が高い。しかし、愛国のような思想的なものではなく、海外ブランドに接する機会が少ないこと、国産ブランドの品質が高く価格が抑えられていることから、合理的な選択をしているのだと思われる。

 

愛国的な理由ではなく品質で国産ブランドを選んでいる

例えば、スマートフォンの使用ブランド調査では、ファーウェイが1位になり、2位がアップルと、それにvivoOPPOが続き、都市部と傾向はほぼ同じだ。しかし、「次に買う時にはどのブランドを選びたいか」という質問では、圧倒的にファーウェイが上位にくる。同じ、国産ブランドでありながらvivoOPPOは高くない。

つまり、「中国人として国産品を支持する」という民族意識的な国産志向ではなく、品質と価格のバランスを考えて、最適なものを選ぶという合理的な選択をした結果、国産を選んでいるのだと推測される。海外ブランドに対する過剰な信仰のようなものがない分、都市よりも国産志向が強くなっている。

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▲下沈市場でのスマートフォンブランド。ファーウェイ、アップルが多く、都市部と構成比率はほぼ同じ。しかし、「次に買うブランド」は圧倒的にファーウェイが多くなる。一方、同じ国産でもvivoOPPO、小米はさほどでもない。国産品を盲目的に志向するのではなく、性能価格比を考えた合理的な選択だと推測される。

 

マス広告を嫌う下沈市場。ソーシャルを重要視

商品を購入する時に決め手になる要素を複数回答してもらったところ、最高位に来たのは優待価格、割引だった。品質と価格のバランスを重視している。

また、メディア広告の効果は極めて低く、「友人」というリアルなソーシャル、「公式アカウント」「ウェイボー、Tik Tokでの高評価」というデジタルなソーシャルの影響力が高い。

動画や音楽、コミックといったサブスクリプションサービスを選ぶときも、65%の下沈ネット民が「広告が少ないこと」と答えており、理由の1位になっている。

下沈市場は、広告よりもリアル/デジタルのソーシャルに影響されて購入する商品を決定し、コストパフォーマンス重視で、国産品を選ぶ。優待などの施策が購入の動機になるということが言えそうだ。

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▲下沈市場では、友人などのリアルソーシャル、SNSなどのデジタルソーシャル経由で商品を選ぶことが多く、テレビなどのマス広告がほとんど参考にされていない。これも下沈市場の大きな特徴となっている。

 

 

注目されるソーシャルEC。信頼関係に基づくソーシャルグラフが購入の連鎖反応を起こす

ECが誕生して20年。すでに従来型のECの成長は頭打ちになっている。その脱出口として注目されているのがソーシャルECだ。ソーシャルECでは、消費者同士の信頼関係が消費を生んでいると母嬰前沿が報じた。

 

EC第3の脱出口「ソーシャルEC」

中国でECの普及が始まって20年。ECは中年の時期を迎えている。都市部ではほぼ普及をし、市場が飽和し、頭打ち感が出てきている。そのため、各EC企業は脱出口を探っている。主な脱出口は2つだ。

1)下沈市場

2)新小売

下沈市場は市場を拡大させる。つまり、成長の余地がある地方都市、農村、低所得者層を狙う考え方だ。代表的なものはアリババの「農村タオバオ」。地方都市や農村に出店し、ECの配送拠点とするだけだけでなく、地元の農産品、特産品を集めて、EC「タイバオ」にも出品するという拠点だ。地方にEC購入の習慣を根づかせる狙いがある。

新小売は、オンライン購入体験とオフライン購入体験を融合し、生鮮食料品市場に進出をするという考え方だ。代表的なものは、アリババの新小売スーパー「盒馬鮮生」。店舗で購入することも、スマホで注文して30分配送してもらうことも可能。

しかし、第3の脱出口がにわかに注目されている。それがソーシャルECだ。

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▲下沈市場を狙う農村タオバオ。成長の止まったECを成長させる戦略をになっている。

 

ECは成長がストップ、ソーシャルECが牽引をしている

「中国ソーシャルEC業界研究」(iReserch)によると、2019年のソーシャルEC流通総額は、推計値で1兆3166.4万元(20.68兆円)になる。わずか5年前にはほぼゼロに等しかった。

EC全体の流通総額は現在でも成長しているが、これはソーシャルECの流通総額も含めているもので、並べてみると、ECの成長のほとんどはソーシャルECの伸びによるものであることがわかる。

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▲ECの流通総額は現在でも伸びている。しかし、従来型ECとソーシャルECに分けてみると、流通総額の成長のほとんどはソーシャルECの伸びによるものであることがわかる。「中国ソーシャルEC業界研究」(iReserch)より作成。

 

拼多多の成功により、各ECもソーシャル化に対応

ソーシャルECの台風の目となっているのは、拼多多(ピンドードー)だ。会員数、月間アクティブユーザー数では、京東を抜いて、アリババに次ぐ第2のECサービスに成長をし、創業わずか3年で、香港とナスダックに上場を果たしている。

各ECもソーシャルECに注目をして、サービスの展開を始めている。京東は「京東拼購」、網易は「網易一起拼」、蘇寧易購は「蘇寧拼購」を始めている。

このような総合ECが、ソーシャルECを始めるだけでなく、専門性のあるソーシャルECも続々と登場している。例えば、女性向け商品に特化したソーシャルEC「小紅書」「蘑菇街」、小さな子どもがいる若いお母さんに特化したソーシャルEC「雲集」「三里人家」などがある。いずれも限定的な市場の中でのビジネスなので、ビジネス規模は小粒だが、ソーシャルECの爆発力を活かして成長してきている。

 

消費の連鎖反応が起きるソーシャルEC

乳幼児向けビジネスメディア「母嬰前沿」が、北京で開催した「2019中国実態母嬰大会」に、三里人家の創業者、心然(シン・ラン)が登場し、「0から20億元へ:ソーシャルECの連鎖反応の法則」というプレゼンテーションを行い、ソーシャルECの爆発力はどうして生まれるのかを解説した。

ソーシャルECとは、商品を買いたいと思う人が、その商品情報を、共同購入者を募るために、テキストSNS、ビジュアルSNSなどで拡散するという点が通常のECとは異なっている。多くの場合、SNSではリアルな友人知人と繋がっているために、口コミの電子版のような感覚だ。

もし、紹介をした友人知人もその商品を購入した場合、紹介をした人には割引や優待クーポンなどのインセンティブが与えられる。

この仕組みで、なぜソーシャルECは爆発力を生むことができるのか。心然は、この爆発力を「核分裂連鎖反応」と呼んでいる。SNS上で、口コミが拡散し、核分裂の連鎖反応のように購入者が広がっていく。

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▲北京で開催された「2019中国実態母嬰大会」に、三里人家の創業者、心然が登場し、ソーシャルECの強さの秘密を語った。消費者同士の信頼関係ソーシャルグラフが消費を生み、核分裂のような連鎖反応を起こしていくと語った。

 

ソーシャルECの強みは3つ

心然は、ソーシャルECの優れた点は3つあると言う。

1)商品の流通効率

2)購入決定効率

3)決済効率

商品の流通率に関しては、一般的なECと基本的には同じだ。オフラインで買い物をするときには、店舗に足を運ばなければならず、しかも目指す商品の在庫があるかどうかはわからない。ECであれば、すぐに購入することができ、在庫切れもほとんどない。

これは当たり前のことに思えるかもしれないが、下沈市場と呼ばれる地方都市、農村では極めて大きなメリットになる。百貨店のように大量の商品を在庫している小売店が少なく、アクセスには大きなコストがかかるからだ。

ましてや、三里人家の乳幼児用品のように専門性の高い小売店は、地方都市では少ないか、存在しないこともある。それでも、地方都市の若いママは、大都市の若いママと同じように、乳幼児商品を必要としている。専門性の高いソーシャルECほど、下沈市場では有利になっていく。

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▲幼児用品に特化したソーシャルEC「三里人家」の創業者、必然。専門性の高いソーシャルECが、規模は小さいものの急成長をしている。

 

購入決定率が高いソーシャルEC

ソーシャルECは、決定効率も高い。小売店やECで購入をするときは、性能で商品を比較し、商品が決まっても複数のECで販売価格を比べたりする。あるいはレビューを読んで、買うかどうかを再考したりする。

しかし、ソーシャルECでは、リアルな知り合いからの紹介で商品と出会う。その知り合いのことが信頼できるのであれば、消費者は買うかどうかをあまり考えない。すぐに購入を決定してしまう。商品を検討するのではなく、紹介者との人間関係や信頼関係が購入決定に大きく寄与している。

これも一般的なECよりも、専門性の高いソーシャルECがその傾向が強く現れる。三里人家の場合は、若いママが集まってSNSのグループを作っている例が多く、そこで悩み相談や気晴らしのおしゃべりを楽しんでいる。そのグループに商品情報が流れ、知り合いが「使ってみたけど、とてもよかった」というコメントがあるだけで、購入決定率が大きく上昇する。

 

離脱を起こさないミニプログラム

日本では、キャッシュレス決済がスピーディーで利便性が高いと言われているが、すでに中国では「対面のキャッシュレス決済は面倒」という感覚が生まれている。アリペイやWeChatペイの利便性の高さは、ミニプログラムを使って、スマホ内で購入から支払いまでが完結することにある。例えば、航空機のチケットを購入するのであれば、アリペイ内の航空機チケットの内蔵ミニプログラムをタップすると、航空機の便が検索できる。そのままタップするだけで、購入、決済が行われ、電子チケットが保存される。

ソーシャルECでも、同じように、SNSに送られてきた商品情報をタップするだけで、ミニプログラムが起動し、ワンタップで購入ができ、決済、配送が自動的に行われる。この利便性が、離脱率をきわめて低く抑えている。

 

消費者同士の信頼関係が消費を生んでいく

さらに、ソーシャルECは、知人の間での人間関係を強める作用をしていると心然は言う。AさんがBさんに商品を紹介したとき、Bさんは「いい商品を紹介してくれてありがとう」とSNSでお礼を言う。一方で、Aさんは商品の割引、優待クーポンを受け取るので、「買ってくれてありがとう」とSNSでお礼を言う。

しかも、2人は同じ商品を買っているので、その後もSNSで使い方や感想などをやり取りする。

いい人間関係が築けるため、商品を紹介されたBさんは、別の知り合いにも同じ商品を紹介する。こうして、核分裂の連鎖反応のように、消費者が等比級数的に増えていくのだ。

心然は言う。「信頼のないところに消費は生まれない」。従来はメーカーと消費者、小売店と消費者の間ので信頼関係が消費を生んでいた。しかし、ソーシャルECは、消費者同士の信頼関係が消費を生んでいる。

従来のSNSの「顔見知りペース」のソーシャルグラフではなく、消費を媒介にした「信頼ベース」のソーシャルグラフをいかに構築していくが、ソーシャルECの成功の鍵になる。

 

新型コロナで生まれたシェアリング従業員。中国式ワークシェアの始まりとなるか

新型コロナウイルスの影響で、都市部の飲食店は営業を停止するところが多かった。しかし、従業員の給料は支払う必要があるため、倒産をしてしまいかねない。そこで、需要が急増している新小売スーパーや生鮮ECが、飲食店の従業員を借りるシェアリング従業員が進んだ。飲食店は給与の支払いから逃れるため、倒産を回避することができ、需要が急増する新小売スーパーでは足りない人手を補えるという仕組みだと第一財経が報じた。

 

倒産の危機に直面している飲食チェーン

新型コロナウイルスアウトブレイクにより、多くの業種が打撃を受けている。特に、飲食業は売上がゼロに近くなっている店舗も少なくない。飲食チェーンなどでは、従業員の健康を守るためにも、全面休業を決めたところが続出した。外売(フードデリバリー)は、需要が急増しているが、店舗に軸足を置いている飲食チェーンは、一気に深刻な経営危機に陥っている。

売上はゼロに等しくなる。従業員は自宅待機をさせているが、基本給は支払わなければならない。それが経営危機の原因だ。

 

需要が急増した新小売スーパー、生鮮EC

一方で、急激な需要増で、人手が足りなくて困っている業種がある。新小売スーパーや生鮮ECなどだ。多くの人が外出を控えるため、野菜や肉、魚といった生鮮食料品を短時間で宅配してくれる新小売スーパー、生鮮ECに注文が殺到している。どこも前年同時期の3倍から7倍程度の需要となっている。

そこで、生まれたアイディアが「シェアリング従業員」だ。休業している飲食店などの従業員を、新小売スーパーが借りて、働いてもらう。その間の給料は新小売スーパーが支払うため、飲食店の経営危機問題は回避できる。

そして、状況が落ち着いて、飲食店が再開をするときには、従業員を返すというものだ。その頃には、新小売スーパー側も需要が落ち着き、正規の増員で間に合うようになっている。

シェアリングされる従業員にとっては、不安な中で自宅待機を強いられ、基本給しかもらえず、リストラされるか倒産するかを待つよりも、別企業であっても、似た業種で仕事をして、フルの給料をもらい、所属する企業の倒産も回避され、戻る場所も確保されるという安心感を得ることができる。

このシェアリング従業員が各企業に広がり始めている。

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▲フーマフレッシュ北京紅蓮店に出勤した、飲食チェーン「雲海肴」の従業員たち。フーマでは人手不足を解消し、雲海肴では給与負担がなくなるため倒産を回避することができる。

 

フーマを皮切りに、多くの企業が続々と採用

このシェアリング従業員が始まったのは、アリババの新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)からだ。フーマフレッシュは都市型スーパーなので、春節期間は需要が小さくなる。そのため、春節期間はスタッフの出勤シフトを通常の7割まで落としていた。

ところが春節休みに入る直前、「武漢で原因不明の肺炎が流行をしている」という報道が流れて以来、需要が急増した。フーマ内部では、1月下旬からこの問題を議論し、シェアリング従業員というアイディアが生まれてきた。

北京のフーマフレッシュ紅蓮店が、休業を決めている飲食チェーン「雲海肴」に打診をしてみると、雲海肴はすぐに応じてきた。2月3日には、雲海肴の従業員の中の希望者が、フーマフレッシュに出勤をし、研修を受け、フーマフレッシュの仕事についた。

この仕組みはすぐに評判となり、2月6日には21の飲食チェーンの従業員1200人が参加をすることになった。

 

京東やレノボもシェアリング従業員制度を採用

2月7日になると、新小売スーパー「京東7フレッシュ」も続いた。さらに蘇寧、毎日優鮮など、新小売スーパーや生鮮ECなどが続々と、休業をしている企業と提携して、シェアリング従業員制度を始めた。

また、2月8日には、電子デバイス製造のレノボも、武漢合肥、深圳、成都などの工場で、シェアリング従業員制度を始めた。ただし、レノボの場合は、需要が急増したというわけではなく、地域の企業の倒産を回避するという地域貢献の意味合いが強かったようだ。

レノボのある関係者が第一財経の取材に応えた。「中小企業の工場は、規模が小さいため、可能な感染防止策にも限界があります。それでも、製造を続けなければすぐに倒産してしまいます。レノボでは、地域の中小企業を守り、そこで働く従業員の健康を守るために、この施策を実行しました」。

 

あくまでも臨時措置。元企業が再開したら従業員は戻す

各企業は、これはあくまでも臨時的な措置だということを強調している。仕組みとしては単純だが、給与水準、待遇水準など、考えなければならないことが多く存在するからだ。多くの新小売スーパーでは、所属企業の給与体系ではなく、あくまでも臨時雇用という形で自社の給与体系、待遇を適用している。さらに、無料で「感染保険」に加入するなどの措置をとっている。また、期間も最大3ヶ月、所属企業の求めがあり次第、従業員を元に戻すという契約になっている。

 

メディアは絶賛。新しいワークシェアリングとして注目される

このシェアリング従業員制度は、各メディアから好意的に受け止められている。中には、この国難の時期にあって、多くの中小企業を倒産の危機から救う「天才的なアイディア」とまで絶賛しているメディアもある。

さらに、この新型コロナの問題が終息してからも、このシェアリング従業員の制度に期待をする声がある。季節性の強いビジネスや、平日と休日での需要差が大きなビジネスがあり、そのような業界では、需要が対照的な企業と提携をして、従業員をシェアリングできないかという議論が始まっている。すでに、そこを見越して、シェアリング従業員のマッチングを行うプラットフォームサービスも登場している。

ただし、課題は多い。シェアリングされた従業員がシェアリング先の企業に転職をした場合などは問題が生じるし、給与や待遇の水準差についてもある程度そろえていく必要がある。

シェアリング従業員という仕組みが、特殊な時期の臨時的な施策に終わるのか、それとも定着をして、労働力の流動性を高める仕組みになっていくのか、現在のところまだわからない。しかし、中国式ワークシェアリングとして定着するのではないかと期待をしている人が多いようだ。