中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

北京ダックの名店「全聚徳」が、出前サービスから撤退した理由

全聚徳と言えば、中国で最も有名な北京ダックの名店だ。その全聚徳が2015年から外売(出前サービス)に対応したが、まったく消費者の心をつかむことができず、大きな損失を出して撤退をすることになったと今日頭条が報じた。

 

北京で最も有名な北京ダックレストラン「全聚徳」

全聚徳は、1864年創業のレストランで、それまで蒸し焼きにしていた鴨料理を、かまどの中であぶる調理法を開発、皮はパリパリで香ばしく、中の肉はふっくらとしているという現在の北京ダックが生まれた。清の時代に大人気料理となり、現在でも北京ダックの名店として、年商7億元(約120億円)、300万羽のアヒルを500万人に提供している。

現在でも、「北京ダックと言えば全聚徳」という人が多く、北京を訪れた旅行客は滞在中に必ず一度はいくほどになっている。

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▲全聚徳は、北京、上海だけでなく、東京、メルボルンにも支店を出している。この中国で最も有名なブランドが岐路に立たされている。

外売サービスに対応をした全聚徳

外売は、2009年ごろから始まったサービスで、いわゆる出前サービスだ。特長は、既存の店舗の料理を出前してもらえること。例えば、全聚徳が外売サービスに対応していたら、利用者はスマートフォンなどから全聚徳のメニューを注文することができる。これを外売サービスが、スクーターで自宅や職場まで配達してくれるというものだ。数元の配達手数料が料金に上乗せされるが、食べ慣れている店の料理を注文できるという点が受け、現在、美団と餓了麼という2つのサービスが中国各都市でしのぎを削っている。

2016年になって、全聚徳はこの外売サービスに対応することを決意した。しかし、美団などの外売サービスにただ対応するだけでは意味がないと考えた。全聚徳にとって、売れる料理の数を多少増やしたところでさほど意味はないのだ。

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▲提携レストランのメニューを自宅でも職場でも指定した場所に届けてくれる外売サービス。今、中国の都市では、食事時になると、この外売のバイクが大量に走っている。

 

ネット外売で、若者層にアプローチしようとした

全聚徳が危機感を持っていたのは、顧客層の高齢化だ。中高年以上には圧倒的に人気があり、どの店も予約をしないと入れない状態が続いているが、その分、若年層が店を訪れていない。大きな広間で北京ダックを食べながら、歌や踊りを楽しむという古いスタイル、高い料金、予約をしないと待たされるという不便さなどが嫌われ、20代、30代、家族連れなどの客層がつかめていない。

全聚徳は、外売への対応を、この懸案を解決するチャンスだと考えた。若い人に、店舗ではなく、自宅や職場で北京ダックを食べてもらおうと考えた。そのためには、ただ外売サービスに対応するだけでなく、クーポン配信や情報配信などのアプリ開発も見据えて、全聚徳全体を一気にIT化するため、鴨哥科技という子会社を設立した。株式の6割を全聚徳が所有し、外売の対応をしつつ、IT関係の環境整備をさせようというものだった。

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▲香ばしい皮とジューシーな肉のアンサンブルを楽しむ北京ダック。清の時代に古い料理法しかなかった鴨料理を一新したのが全聚徳だった。全聚徳は、鴨料理にイノベーションを起こした。

 

不人気に終わった全聚徳の外売サービス

ところが、この鴨哥科技がまったくの失敗だった。数ヶ月で資本を食いつぶし、1年足らずで2000万元(約3億4000万円)の損失を出してしまった。2017年8月、全聚徳の2017年上半期の決算で、この問題がクローズアップされた。全聚徳の営業利益は7600万元(12億9000万円)であったのに、鴨哥科技のために2000万元の損失も同時に経常していた。鴨哥科技をこのままにしておくと、全聚徳の利益がすべて鴨哥科技に吸い取られることになりかねないと、全聚徳経営陣は、外売サービスから撤退をする方針を固めた。

なぜ、鴨哥科技は大きな損失を出したのか。答えは簡単で、外売の注文がほとんど入らず、売上が立たなかったからだ。全聚徳のような老舗ブランドが、外売利用者からそっぽを向かれたことは、全聚徳だけでなく、老舗飲食業者に大きなショックを与えている。

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▲回転テーブルに豪華な料理が並べられ、大人数で楽しむ。全聚徳は、北京ダックの名店として、オールドスタイルのディナーを提供し、現在でも予約をしないと入れないほどの人気だ。

 

観光客に最適化することで失われたブランド価値

なぜ、全聚徳の外売が不人気だったのだか。その理由をメディアは、こう分析している。要は、全聚徳が大量に押し寄せる観光客をメインの顧客層として考えすぎたということだ。全聚徳は、いつ行っても、地方からの観光客、外国人でいっぱいで、地元の市民が行こうとしても、予約をしておかないと入ることができない。そのため、北京の若者の間では「全聚徳に行ったことがない」という人が増えている。食べたことがないものを、外売で注文しようとは思わない。理由は簡単だった。

さらに、全聚徳の老舗レストランとしてのブランド戦略も逆効果を生んでしまった。北京市政府と協力して「北京を代表する老舗レストラン」として、国内外にプロモーションを行ってきたが、そのことが北京の若者にとっては「おのぼり観光客がいくダサいレストラン」というイメージになってしまっている。

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難しい老舗ブランドの価値創造

北京の若者が北京ダックを食べないわけではない。フランス料理のテイストを取りれ、あっさりとした北京ダックを出す大董烤鴨店、昔風の料理法で脂っこい濃い味の北京ダックを出す便宜坊などは、若者客も多い。

全聚徳は、創業当時の清時代には、それまでの鴨料理の調理法を一新したイノベーションベンチャーだった。しかし、それが定番料理になってしまうと、「特徴のない料理」と見られてしまうようになった。そこに、ITの力を使って、若年層とのタッチポイントを回復しようと考えるのは決して間違ってはいない。しかし、あまりにも反応がなさすぎた。そのことに全聚徳の経営陣だけでなく、飲食業界に従事する人の間でも驚きが広がっている。

今も、全聚徳の路面店は多くの客で賑わっている。しかし、年齢層は高い。なんとかして若者にアプローチをしなければ、10年後、全聚徳はブランド力を失ってしまうだろう。中国を代表する老舗ブランド「全聚徳」は、岐路に立たされている。

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癒しアプリ「旅かえる」がなぜか中国で過熱人気

日本のアプリ開発会社が開発した「旅かえる」がなぜか中国でバカ受けしている。累計ダウンロード数は1000万を超え、国別比率は日本2%、米国1%であるのに、中国が95%になっていると環球網が報じた。

 

中国版もないのに中国で大人気の放置ゲーム「旅かえる」

旅かえるは、いわゆる放置系のゲームアプリ。かえるに食べ物と道具を持たせておくと、いつの間にか、かえるは旅に出る。日本各地に旅に行き、帰ってくるときはおみやげを持ち帰り、写真を見せてくれる。いつ旅に行き、いつ帰ってくるかはかえる任せ。帰ってくると、プッシュ通知で教えてくれる。

これがなぜか中国で大人気で、リリース後2ヶ月で1000万ダウンロードを突破した。国別ダウンロード数では、日本2%、米国1%なのに対して、中国が95%以上となり、中国のアプリストアでは、大人気の「王者栄耀」を抜いてトップになった。

この人気の広がりには、SNSウェイボーでの口コミが大きかったという。

なお、「旅かえる」に中国語版は存在せず、中国人も日本語版で遊んでいる。ところどころ漢字があるので、だいたい意味はわかる。しかし、わからないところも多い。それがまた面白さになっているという。

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▲正式版の「旅かえる」。ゲームとしては典型的な放置ゲームだが、イラストなどのクオリティは高い。このテイストも仏系青年に受ける大きな原因になったと思われる。

 

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▲中国のアップストアのゲーム部門では、旅かえるがトップになり続けている。中国版はまだリリースされてなく、日本語版がダウンロードされてトップになっているという異例の事態だ。

 

かえるを待っていると親の気持ちになる

なぜ、中国で「旅かえる」がここまで受けるのか、その理由をさまざまなメディアが分析をしている。

実際に遊んでいる中国人に話を聞いてみると、「親の愛情を思い出すから」という答えが多かった。中国では、人口を都市部に集中させる政策を進めているが、それでも都市人口は約6割で、農村人口はまだまだ多い。農村の若者は、仕事を求めて、親元を離れ、都市で暮らしている。都市で生まれた若者も、仕事の関係で別の都市で暮らすというケースが多い。これが、毎年、春節旧正月)の帰省での民族大移動を生む背景になっている。

旅かえるは、いったん旅に出てしまうと、いつ帰ってくるかはわからない。「かえるはいつ帰ってくるのか」と心配をしながら待っている時に、都会暮らしをしている自分を待っている親の気持ちを理解し、切ない気持ちになるという。夜中に一人で涙を流したことがあると言った人もいた。

また、中国では、かえるは子ども向け童話に登場するポピュラーなキャラクターで、おたまじゃくしなどと絡めて、家庭のことを扱った寓話に登場することが多いので、容易に家庭のことに連想がいくのだと教えてくれた中国人もいた。

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▲日本語であっても、漢字の部分は理解できる。「中部地方」「食感」「和菓子」などは理解ができる。しかし、これがどんな味のお菓子なのかは、多くの人がわからない。これをSNSで教え合うことも楽しみのひとつになっていて、そのことが口コミの厚みを増す要因のひとつにもなっている。

 

新しい淡白系生き方の「仏系」

この旅かえるは、「仏系青年」「仏系女子」に受けていると分析する記事もある。「仏系」とは淡白な生き方をするといった意味で、「あるがままに」のような響きを持った言葉だ。「家と車を買って、家庭を築くために、全速力で走る」という30代、40代の中国人の考え方とは対極にあり、「手に入る分だけで満足をする」という生き方なのだという。そもそもは、日本で一時使われた「仏男子」の訳語のようだ。

と言っても、欲望がないというわけではないようだ。「仏系買い物」「仏系追っかけ」というように、動作や現象に「仏系」という言葉がくっつく。仏系買い物とは欲しいものをECサイトや近くのモールで探してみるが、見つからなければそれで別のものに興味を移してしまい、それ以上探し回るようなことはしない。仏系追っかけとは、自分の好きなタレントやアイドルの情報をネットで熱心に読み、イベントにもいくが、それ以上、グルーピーのように追いかけ回すようなことはしない。

仏系青年がよく使う3つの言葉として「どれでもいいです」「それでいいです」「これでもいいです」が挙げられる。

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▲仏系青年をからかうネットミーム(ネットに流れている画像)。仏系青年は、どれでもいいです」「それでいいです」「これでもいいです」の3つの言葉をよく使うというもの。

 

異なる感覚を持った若い世代が社会の中心になろうとしている

このような仏系青年、仏系女子が一定数登場しているということは、中国の都市部の若者がそれなりに豊かになったということを示している。仏系は、決して「手に入らないからあきらめる」ではなく、「手に入れようと思えばできなくはないが、それに振り回されたくはない」という感覚なのだ。

ギリギリの生活をしている若者にこのような発想は生まれない。ある程度の収入があり、ある程度の生活水準を確保できているからこそ、このような考え方が生まれてくる。

以前から、中国の10代、20代(90年代生まれと00年代生まれ)は、上の世代とまったく違った感覚を持っていると言われてきた。要は、生まれた時にすでにインターネットが使えて、(中国の場合は)小説、映画、音楽などのコンテンツが実質無料で手に入る環境で育ってきたデジタルネイティブ世代だ。旅かえるの思わぬブームは、この世代と結びついていると分析するメディアもある。

彼らが、社会の中心年代になるにつれ、中国社会は再び大きく変わっていくのかもしれない。

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▲もちろん、中国には非仏系の商魂たくましい人もたくさんいる。旅かえるが人気になると、早速大量の偽アプリが登場した。広告、課金などで便乗して儲けようというものだ。削除などの対策はされているが、次から次へと登場している。内容は、似て非なるものが多い。

 

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世界の小売業ランキング。健闘する日本の小売業

コンサルティング企業デロイトは、世界の小売業のランキングをまとめた「Global Powers of Retailing Top 250」を公開した。アジア圏のみに限ると、半数を日本企業が占め、アジアの中での日本小売業の存在感はまだ失われていないことがわかる。

 

巨大すぎる小売業、ウォルマート

Global Powers of Retailing Top 250は、その名の通り、世界の小売業250社をランキング形式でまとめたもの。日本からは32社がランクインし、アジア太平洋63社の半数を占めた。日本の小売業がアジアの中での存在感をまだ失っていないことが明らかになった。

世界のトップ10を見ると、誰もが想像する通り、ウォルマートが図抜けたトップになっている。IT業界に近いところにいると、アマゾンの巨大ぶりに目を見はることが多いが、アマゾンですらウォルマートの1/5の規模でしかない。

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▲世界小売業のトップ10企業。ウォルマートが図抜けて巨大。あのアマゾンも、ウォルマートの1/5程度の規模でしかない。

 

日本企業は国内展開、複数社で市場を分割

トップ10にランキングされた日本企業は存在しないが、12位にイオンがランキングされている。日本の中では、イオンは巨大企業のように感じるが、それでもウォルマートの1/7程度でしかない。そのほか、セブン&アイファストリテーリング(ユニクロ)、ヤマダ電機、百貨店などが上位にランキングされている。

日本の企業は確かに多数ランキングに入っているが、特徴的なのは同業企業が複数ランクインしていることだ。その他の国では、原則、1業種1社か2社で寡占化が進んでいるが、日本は複数社で市場を分け合っている様子が見えてくる。例えば、コンビニではセブン&アイファミリーマート、ローソンなどが、家電量販店ではヤマダ電機ビックカメラヨドバシカメラエディオンケーズデンキなど、百貨店では伊勢丹三越、大丸松坂屋、阪急・阪神高島屋、東急、ドラッグストアではツルハドラッグマツモトキヨシサンドラッグコスモス薬品などがランキングに入っている。

しかし、状況は変わりつつある。100位以内にランキングされている企業は、10カ国以上の他国展開をしているが、100位以下の企業は数カ国展開や日本のみでの展開にとどまっている企業が多い。つまり、上位に抜けていくには、どうしても海外展開が避けられなくなっているのだ。

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▲トップ250にランキングされたアジア圏の企業。半数が日本企業となり、存在感を示した。しかし、100位以下の企業は海外展開をほとんどしていない。

 

海外展開がまだできていない中国小売業

これは、中国の小売業にも同じことが言える。中国は日本の10倍の人口があり、GDPもすでに日本の4倍に達しようとしているが、国際的にランキングされる小売業が登場していない。

最も大きいのがECサイトの京東で、日本のセブン&アイの下にランキングされている。中国は国内の市場規模が大きいために、海外展開に消極的だ。統計上、平均事業国数は日本が4カ国、中国香港が4.1カ国となっているが、この数字を押し上げているのは香港の小売業。市場の小さな香港は、海外展開をするしかなく、ワトソンずは25カ国、デイリーファームは11カ国、周大福は8カ国など海外展開をするのが常識になっている。一方で、大陸の中国の小売企業はほとんどが中国内だけで事業を行っている。

中国の市場は巨大なのに、アジア圏での存在感が今ひとつ弱いのは、このドメスティックさが原因だと考えられる。

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▲地域別のトップ250企業統計。日本企業は海外展開からの収入が極めて少ない。中国(大陸)企業も似た傾向を持っているので、どちらがアジア圏に進出できるかが今後のカギになる。

中国はスマホ決済と越境ECサイトで海外進出を準備中

しかし、日本企業も安心はしていられない。中国アリババは、スマホ決済アリペイをアジア圏に普及させる展開を始めている。さらに、アジア各国には多くの華僑(国籍が中国の中国人)、華人(国籍が居住国の中国人)が暮らしていて、すでに越境ECサイトの売上が上がり続けている。

アジア圏には5000万人程度の華僑、華人が暮らしていると言われる。この人たちに向けて、決済手段を整備し、越境ECサイトを通じて中国製品を流通させ、その後、小売企業の進出が始まることが容易に想像できる。それが進み始めると、アジアのウォルマートのような存在が登場してくれるかもしれない。

日本の小売業は、中国がアジアに進出する前に、アジア圏に浸透し、現地でのブランド価値を確立しておくことが重要だ。

このランキングは、原則的に毎年公表される。5年後、ランキングはどのように動いているだろうか。

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指紋認証、顔認証の次にアリババが研究している「靴認証」

顔認証駐車場、顔認証レストランなどを次々と開業しているアリババが、現在研究中なのが「靴認証」だという。関連会社アントフィナンシャルが試験開業したコンビニ「WithAnt」で、この靴認証が試験運用されていると科米事が報じた。

 

スマホを使わない「無感支付」

アリババは昨年杭州市に無人スーパーを開業したのを皮切りに、小売業の決済方式を変える店舗を次々と開業している。アリババが目指しているのは「脱スマホ認証」だ。決済をするのにスマホを使うのではなく、スマホがなくても買い物をして決済ができるようにすることが目標だ。そのために、顔認証技術などの研究を進めている。

スマホがなくても、サービスを利用して決済ができるという点も大きなメリットだが、決済ステップが不要になるという点も大きい。例えば、アリババとケンタッキーフライドチキンが、杭州市に協働して開業したカジュアルレストラン「KPro」では、顔認証が利用されている。来店客は、入り口付近にあるタッチパネルで、メニューと座席を選ぶ。この間に顔認証が行われている。注文をしたら、選んだ座席に座っていると、料理が運ばれてくる。食べたら、そのまま帰ることができる。決済は自動的にアリペイで行われているというものだ。スマートフォンを持っていなくても利用ができ、決済というステップがまるまる不要になる。このように、決済を意識しないでいい決済方式を、アリババは「無感支付」と呼んでいる。

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99%の顔認証認識率を100%にする補助手段

しかし、問題は、顔認証の認識率は100%ではないということだ。アリババは「99%」という数字を出しているが、それでも1%の人は認証がうまくいかない。そういう場合は、スマートフォンで認証をして利用することになるが、ここをなんとかしないことには「脱スマホ」にならない。

そこで、アリババが提供している駐車場の無感支付では、顔認証と自動車のナンバーを組み合わせて認証を行っている。駐車場の出入り口のゲートで一旦停車をすると、カメラでドライバーの顔と車のナンバープレートを読み取る。この2つを併用して認証を行うので、100%の認識率になる。その代わり、登録をしていない友人の車やレンタカーで利用することはできない。

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▲アリババが提供する無感支付は、すでに駐車場で使われている。ドライバーの顔認証と車のナンバーを併用して認証を行う。

 

1対Nでは、生体認証だけでは100%にならない

顔認証や指紋、声紋といった生体認証では、1対1の場合は技術的なハードルは低い。スマホのロック解除やログインなどに使う場合で、あらかじめ自分の生体情報を登録しておき、それとの差異を測定して認証を行う。個人のスマホを他人が利用するということは現実にはきわめて稀なことだと思われるので、同一と判定する差異量のハードルを下げてしまえば、ほぼ100%の認証率になる。

しかし、決済に使う場合は、1対Nの生体認証になる。入力された生体情報を元に、データベースに登録されている多数の情報を検索して、それが誰であるかを特定する。差異量のハードルを下げてしまうと、別人として認証されてしまう可能性が高まるので、どうしても100%の認証率を確保することができない。そこで、別の認証方法と組み合わせる必要があるのだ。

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WithAntで試験運用される靴認証

アリババの関連会社、アントフィナンシャルは、杭州市の同社ビル内に無人販売店「WithAnt」体験店をオープンした。現在販売しているのは、自社グッズや飲料などの日用品で、社外の人間も利用できるが、多くはアントフィナンシャルの社員が利用し、試験運用をしている。

このWithAntでは、顔認証で個人を識別するが、補助手段として靴認証が使われている。原理は簡単で、靴に電子タグを挿入し、これを感知するというものだ。技術的にはさほどのものではないが、目の付けどころは面白い。

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▲WithAntで試験運用されている靴認証。電子タグ入りの靴を履いて、ゲートを通過するだけで認証が行われる。

 

意外に便利な靴というウェアラブル

ウェアラブルの場合、腕時計が一般的だが、実用上は使いやすいとは言えない。腕時計の場合、「家に忘れてきた」「今日は腕時計をしたくない」「別の腕時計を使いたい」ということがあり、決済のために特定の腕時計をしなければならないのなら、スマートフォンを持ち歩いた方がはるかに便利だ。

しかし、靴であれば、電子タグを挿入するだけなので、持っている靴すべてに電子タグを入れることも難しくない。しかも、外出中に「靴をどこかに置き忘れてくる」ということもまず起こらない。靴認証であれば、ゲートを通過するだけで認証ができる。

もちろん、電子タグが剥落するのではないか、電子タグを盗まれるのではないかという課題もある。しかし、WithAntでは顔認証が基本で、靴認証はあくまでも補助手段という考え方なので、このような課題もあまり神経質になることもないように思われる。

靴認証は、正式運用されているのではなく、あくまでも実験中、試験運用中だ。しかし、今後、スマホ決済の先の脱スマホ決済=無感支付が、決済方法の主流になっていくことはほぼ間違いない。

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▲どの商品を選んだかは画像解析で認識。店内に入って、商品を通って、外に出るだけで決済が行われる。

 

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▲入り口右手にあるタッチパネルの前を通過するだけで顔認証が行われる。靴認証は、認証の補助手段として使われる。

 

香港が電子決済の統一規格。ネット銀行も視野に

香港金融管理局は、早ければ9月にも統一電子決済システムを公開すると金評媒が報じた。スマホ決済のアリペイ、WeChatペイなどの他、銀行カードやペイパルなどの電子決済16種類すべてが、ひとつのシステムで決済できるようになる。

 

香港で圧倒的に強いオクトパスカード

香港は、中国の一部でありながら、スマホ決済「アリペイ」「WeChatペイ」がほとんど浸透していない。その理由は、すでに便利な電子決済が普及をしているからだ。英国の租借地であった香港は、早くからクレジットカードが普及をしていた。さらに、1997年という早い時期に交通カード「オクトパスカード」が導入され、地下鉄、バスだけでなく、コンビニやレストランでの決済手段として広がってきた歴史がある。オクトパスカードは、日本のSuicaと同じようにフェリカカードの技術が採用されているが、現在では、NFCにも対応し、スマートフォンでの利用も可能になっている。

もうひとつ、香港が独特な理由のひとつが、通貨が香港ドルであるという点だ。中国は人民元であり、アリペイなどは人民元が基本になっているため、香港ドルが利用できる別バージョンを香港で運用をしている。そのため、香港のアリペイに登録をしても、中国国内では利用できない。どのみち香港市内でしか使えないのであれば、もともと使っているオクトパスカードでじゅうぶんだと考える人が多いのだ。

また、香港は中国内からの旅行者や出張でくる人も多い。そのような人は、アリペイ、WeChatペイを使うことができず、わずかに銀聯に対応している商店がある程度で、結局は香港ドルで現金決済をするしかなかった。

16種類の電子決済を統合するFPS(Faster Payment System)が利用できるようになると、このような問題が解消される。

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決済仲介をするFPS、ネット銀行設立も視野に

香港金融管理局は、このFPSを実現するために、ネット銀行の設立を許可する。ネット銀行は、店舗を持たず、ネットからのみ利用できる。このネット銀行が16種類の決済運用会社の仲介をできるようにする。例えば、アリペイにしか対応していない店舗で、オクトパスカードを持っている利用者が決済をした場合、ネット銀行がアリペイに対して支払いをし、顧客のオクトパスカードから引き落としをするということを同時に行い、決済を完結させる。利用者からは、オクトパスカードで支払ったようにしか見えない。当面は、決済代行会社がこの機能を担うが、暫時、この業務をネット銀行に移していき、銀行ならではサービスを展開して、金融業をさらに発展させたいとしている。

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▲金融管理局が発表したFPSに対応する決済方式。利用者も店舗も、この16種類の決済方式のうちのどれか1つに対応するだけで、すべての決済が可能になる。

 

決済代行だけでなく、小口金融も扱い、個人消費を刺激する

ネット銀行は、店舗を持たないので、運用コストがかからないため、手数料も低額ですむ。金融管理局によると、FPSを導入しても、手数料の増加はほとんどない形での運用が可能だとしている。

また、このネット銀行には、一般消費者に対する小口融資も可能とする予定だ。消費者金融としてお金を貸すというよりも、クレジットカードのリボルビング支払いや分割払い、ボーナス払いなどの機能を提供して、個人消費を刺激するのが目的だと思われる。

金融管理局によると、すでに10を超す金融機関、IT企業がネット銀行の設立を検討していて、早い時期に設立申請を受け付けるようにし、今年末までには営業許可が出せる状況にしていきたいとしている。

TINY Bd11 香港旧市街 ジオラマビルセット

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アリペイ安全の死角。若い世代ほど被害額は大きい

中国銀聯は、「2017移動支付安全大調査分析報告」を公開した。この調査から、スマホ決済の事故は、利用者の安全意識の低さにより起きていることが浮き彫りになったと中国経済網が報じた。

 

可処分所得の小さい人ほどスマホ決済に依存する

この大調査は、約10.5万人のサンプルを抽出し、アンケート調査をしたという大掛かりなもの。スマートフォン決済に関するもので、銀行カード、デビットカード、クレジットカードなどは調査対象外。

基礎調査で注目すべきは、スマホ決済使用率と可処分所得の関係。スマホ決済を利用している人の割合は9割を超えるが、「スマホ決済を主要な決済手段にしている」という人は、男性で77%、女性で68%だった。さらに、「スマホ決済を主要な決済手段にしている」割合を、可処分所得別に見てみると、可処分所得が小さいほど、スマホ決済の比率が上がる。

その理由までは分析されていないが、可処分所得の大きい層は、以前からクレジットカード、銀聯カード(デビット)などスマホ決済以外の決済手段を使っているため、その習慣を変えない人が多いと想像される。可処分所得の小さい層は、以前は現金決済をしており、他の電子決済手段を利用できない人が多いと推測される。中国で、スマホ決済が爆発的に普及した理由のひとつは、「他の電子決済手段を利用できない人が多数いた」ということも大きな理由のひとつになっている。

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▲毎月の可処分所得と「スマホ決済を主要な決済手段にしている」人の割合。可処分所得が小さい人ほど、スマホ決済を主要な決済手段にする傾向がある。可処分所得が大きな人は、以前からクレジットカードやデビットカードを使っていたからだと推測される。


スマホ決済の死角は、利用者による危険な操作

スマホ決済は、他の電子決済手段に比べて安全性が高いのも特長のひとつだ。他の電子決済では、アカウントとパスワードが盗まれてしまうと、他のデバイスからでも資金移動ができてしまうが、スマホ決済では、登録したデバイスからでないと資金操作ができない。スマートフォンそのものが盗まれたとしても、指紋認証や顔認証などの生体認証がかかっているし、リモートでスマホの電源をオフにすることも可能だ。

しかし、唯一弱点として残るのが、利用者自身が騙されて、自分で操作をして、資金を移動してしまうケースだ。最も多いのが、不審なQRコードをスキャンして支払いをしてしまうケース。例えば、多くの都市で駐車違反の車には、QRコード付きの違反キップが貼られ、そのQRコードをスキャンして罰金を支払えれば処理が終わる。これを、自分の口座番号をQRコード化した偽の違反キップを貼って、罰金を不当に振りこませる詐欺が横行している。QRコードだけでは、それが正当なものであるかどうか見分けるのは難しいが、表示される宛先名などをよく確認する必要がある。また、「優待」「特典」「無料進呈」などとうたって、QRコードを読ませる広告も多いが、これも不用意にスキャンをすると、うまく誘導されてお金を騙し取られることになる。

このような危険な行為をした経験がある人は、半数近くになり、利用者への啓発がスマホ決済の課題のひとつになっている。

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▲利用者がしたことのある危険な操作。問題になっているのは、出所を確かめずにQRコードをスキャンしてしまうケース。PCで、出所不明のリンクをクリックして、フィッシングサイトに誘導されるパターンと類似している。

高年齢ほど詐欺被害、しかし被害額の大きさでは20代

詐欺にあっているのは、想像通り、50歳以上が圧倒的に多い。スマホセキュリティに対するリテラシーが低い上に、スマホ決済詐欺は、システムよりも人間の心理の隙をつくものが多いので、他人を信用しやすい中高年の方が騙されやすいのだと思われる。

しかし、一方で、興味深いのは、被害金額が5000元(約8万7000円)以上の高額詐欺の被害を受けた人になると、20歳代の男性が27%と、最も割合が高くなる。20歳代は、リテラシーも高いが、利益にも敏感で、大型の詐欺被害に遭いやすいのだと思われる。

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スマホ決済詐欺の被害を受けたことのある人の割合。圧倒的に50歳以上が多い。しかし、高額被害を受けたことのある率になると、20歳代が最も高くなる。

 

利用者のセキュリティ意識を啓発することが今後の課題

今回の大調査を行なった中国銀聯のリスクコントロール部の王宇高級主管は、中国経済網の取材に応えた。「スマホ決済を使うのであれば、新たに専用の銀行口座を用意しておくといいでしょう。その口座には必要最低限の金額しか入れないようにしておきます。万が一、詐欺や事故にあった場合は、その銀行口座を凍結すれば大きな被害を受けることはありません」。

銀行業界を背景にした銀聯がこのようなアドバイスをするのは、ややポジショントーク的な印象はあるが、スマホ決済のセキュリティ手段としては有効な方法で、実際に、給与受け取りや貯蓄の銀行口座とは別に日常決済用の銀行口座を作る人は増えているという。

スマホ決済は、他の電子決済に比べて安全性が高い。スマホ本体が鍵として使えるからだ。一方で、利用者の心理の隙をついた詐欺が横行している。利用者のセキュリティ意識をどうやって啓発していくかが現在の課題になっている。

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▲中央電視台のニュース番組でも、この報告の内容に基づいた報道がされた。利用者のセキュリティ意識をどのように啓発するかが大きな課題になっている。

 

アリババが60歳以上限定社員を募集。年棒は700万円。

アリババが60歳以上限定で、社員募集をしていると話題になっている。しかも、年棒は40万元(約700万円)という高額のもの。「とにかく杭州市に行ってみる」「お父さんの履歴書を勝手に送った」など、ネットではちょっとした騒ぎになっていると銭江晩報が報じた。

 

人生経験にこそ価値がある

アリババが募集した60歳以上限定社員の仕事は、ECサイトタオバオ」のベテラン顧客研究員。60歳以上という年齢制限も異例だが、年棒も40万元(約700万円)という高額なもので、ネットでは「年齢をごまかしてでも働きたい」という人が続出している。

この募集内容をよく見ると、アリババは単なる話題作りのためにこのような募集をしたのではなく、必要だから募集をしたことがよくわかる。

ベテラン顧客研究員の仕事は、タオバオなどのECサイトに馴染みがない高齢者、あるいは未成年の手助けをすること。一緒に(リモートの場合もあり、実際に横についての場合もある)アクセスをして、ECサイトの使い方を教えるのが業務内容だ。

このような業務には、若者は必ずしも向いているとは言えない。特に中国の若者はデジタルリテラシーが高い人が多く、このような人が中高年や老人にECサイトの使い方を教えても「中高年がどこがわからないのかがわからない」ことになり、教えられる方は「若い講師が何を言っているのかがわからない」ことになりがちだ。

教える方も中高年であれば、中高年がどこが苦手であるかの勘所が分かっており、人間力を活かして教えることができる。

日本でも、このような中高年の人間力を、接客に活かそうとして、積極的に中高年を雇用している飲食チェーンもある。

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▲アリババ公式サイトの募集ページ。学歴不問だが、地域リーダー、心理学、社会学に興味にある人を優先する。

 

コミュニケーション能力の高い人を優先して採用

ただし、アリババは、60歳以上であれば誰でもいいと考えているわけではない。学歴は不問だが、ECサイトの利用経験が1年以上ある者で、3年以上の経験がある人を優先するとしている。

さらに重要なのが、広場舞KOL、社区委員を優先するとしていることだ。広場舞KOLとは、広場舞を組織しているリーダーの人のこと。中国では、朝方、公園で体を動かすことを奨励している。以前は、太極拳をする人が多かったため、今でも「中国の朝は太極拳から始まる」と思っている人が多い。しかし、現在では太極拳は少数派だ。なんと言っても多いのが「広場舞」と呼ばれるダンス。派手な衣装、派手な小道具、派手な音楽を使って、賑やかに大人数で踊る。このようなダンスチームを組織しているリーダーがKOL(Key Opnion Leader)と呼ばれる人たちだ。当然ながら、コミュニケーション能力が高く、地域での顔が広い。社区とは中国の町内会のような組織。この委員も地域のリーダー役を務めている。

つまり、60歳以上であれば誰でもいいというわけではなく、コミュニケーション能力が高い人を優先的に採用する方針だ。

アリババの雇用責任者は、銭江晩報の取材に応えた。「すでに大量の履歴書をいただいています。みな、残業をして一次審査をしている最中です。一次審査の合格者には面接を行い、さらにタオバオの代表と面接をしていただき、採用者を決める予定です。私たちは、人生経験のある中高年の方々のアドバイスを必要としていますし、よりよいサービスを提供するために力を貸していただきたいと考えています」。

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▲中国の朝、公園で見られる広場舞。太極拳は少なくなり、派手な衣装、派手な小道具を使ったダンスが現在では主流だ。ダンスも素人のレベルを超えているチームがかず多く見受けられる。

 

高齢者の知恵を借りてサービスの向上を図る

中国は、儒教の影響で、高齢者の知恵を借りるという感覚が今でも生きている。今回の募集は、2名のみという小規模なものだったが、ネットでは大きな話題となっている。

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